・・・これまでまことに女らしく父の命のままに行動した娘に、今回も父が期待していたことは、彼女の無事な脱出と身の平安とやがて輝くような美貌によって三度目の縁につくこと、そのことで父の利益を守ることであったろう。しかし、その麗しくまた賢い心の夫人の苦・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・人間らしい生活の多様さや発展、生きている甲斐が感じられるような人生をもとめて結婚した一人の若い女が、あいてと自分との結婚生活の現実に見出したものは、無目的で、エゴイスティックな理想のない日々の平安への希望だけであった。流れ動き生成する男女の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・しかし、当事者はそう思わず、主観的な歓喜と平安とを主張して終ったのであった。「或る女」の第二章はその部分だけを取扱って十分一つの長篇を描き得るものである。この部分の価値を若し作者が十分理解して少くとも前篇を構成していたら、「或る女」・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ところが、ドイツの社会情勢がカールをその平安な計画から追いたてた。一八四〇年に、フリードリッヒ・ウィルヘルム四世がプロシヤ王となり、学問の自由を極力押えつけはじめた。大学の自由は失われ、学内の統一を乱すという口実で、若い進歩的な哲学者たちは・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 昔の生活の輪は女にとってきびしくとも小さかったから、その頃の三十三の女のひとたちは、自分の身一つの厄除けを家運長久とともに、神へでも願をかけ、何かの禁厭をして、その年を平安に送ることに心がけたのだろう。 暮になったとき柔和な顔を忙・・・ 宮本百合子 「小鈴」
・・・ 此等三つの群のほかに、勿論、或一点を堂々廻りして只平安に生きて死んで行く多くの人々と、アメリカの婦人の一部として、殆ど何人の注意も引かれずに、明光のささない穴ぐらの中で一生を送るような、哀れむべき貧民階級の婦人のあることは事実でござい・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ジイドは、人間は何を為し得るかをつきとめようとして日常の平安を拒絶する人間精神の冒険者として、人間の個性を本性におくばかりでなく、より高く高くと自己から脱せしめる力として、一九三一年のU・R・S・Sを見た。目的を達したならば更にそこを超えて・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・病みぬいた魂の平安と感じやすさというような趣のみちた作品である。特に、『静かなる愛』の後半には、そういう一つの境地に達した人生感、人生への哲学が表現されているのだが、私は、それよりも女の読者の一人として、前半にあつめられている詩のいくつかに・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・ 同じ歴史のうちに生きながら、共産主義者の負う運命は、さながら自身の良心の平安と切りはなし得るものであるかのように装う、最も陳腐な自己欺瞞と便宜主義が、日本の現代文学の精神の中にある。この天皇制の尾骨のゆえに、一九四〇年ごろのファシズム・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・そして、愛する人類の平和のために、愛する人を捧げ、自身の幸福と平安とを断念したのであった。 そのようにして、愛するものを失った女性が、涙と血をとおして、平和のための婦人の民主団体をこしらえた心は、私たち日本の女性にもひしひしとうなずける・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
出典:青空文庫