・・・いまのままの社会状態では、われわれが平安に生きることのできる日は一日もない。これは、こんにち、占領下の日本に特権というものをもっていない、すべての人が感じている。 資本主義社会の悪として生じているあらゆる問題の正当な解決の見とおしは、資・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・人生の現実、社会の歴史の現われ方がパセティックなものにばかり焦点を見るということは、一つのセンチメンタリズムであって、芸術家の広い視野と感受性とは、その反対の寛ろぎや、平安や、歓びを芸術の美として映し出すことは当然です。でも、現実会というそ・・・ 宮本百合子 「第一回日本アンデパンダン展批評」
・・・ この事実は、芸術家の大きい魂の真実にふれている、常に自己を超えようとする本能的な焦慮 ○限界の突破 そして、このことは平安を彼から奪うことを予約している。しかも 彼が芸術家であれば◎芸術家は完成と静けさにお・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
・・・ 精神と肉体との愛における統一と、そのあらわれとして貞潔がある場合、その自然さ、よろこび、平安の深さは、人間の男女が感ずるすべての愉悦のなかで最も諧調にとみ、創造の魅力に満ちていると思う。 純潔ということも相対的で、愛するものに対し・・・ 宮本百合子 「貞操について」
・・・こんな永年、経済の上では成り立ちようもない俸給で司書の仕事をしつづけて来ているのだから、この人の三十年の生計は平安であり、寧ろゆとりがあるものかもしれない。そうだとしても、三十年という時間は人生における何かである。そして、この人は三十年間一・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・細雨を傘によけて大観門外に立って見ると、海路平安と銘あるそのすっきりした慈航燈を前景とし、右によって市中の教会の尖塔がひとり雨空に聳えて居る。濡れた屋根屋根、それを越すと、煙った湾内の風光が一眸におさめられる。佇んでこれ等の遠望を恣にして居・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・海路平安という文字を刻された慈海燈は、唐船入津の時、或は毎夜、一点の光明を暗い夜の海に向って投げかけた。海上から、人の世の温情を感じつつその瞬きを眺めた心持、また、秋宵この胸欄に倚って、夜を貫く一道の光の末に、或は生還を期し難い故山の風物と・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・そして古代芸術の永久に保存される所、人が永久に平安に暮せる所でしょう。少くとも私は之を信じたいのです。〔一九一八年五月〕 宮本百合子 「「奈良」に遊びて」
・・・九郎右衛門が手に受け取って、「山本宇平殿、同九郎右衛門殿、桜井須磨右衛門、平安」と読んだ時、木賃宿でも主従の礼儀を守る文吉ではあるが、兼て聞き知っていた後室の里からの手紙は、なんの用事かと気が急いて、九郎右衛門が披く手紙の上に、乗り出すよう・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ミケランジェロは最後の審判において彼の幻想を描いた。平安朝の大和画家は当時の風俗の忠実な描写をやった。しかもミケランジェロは今の洋画の祖先として似つかわしく、大和画家もまた今の日本画の祖先として似つかわしい。今洋画家が想像画を描くことは必ず・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫