・・・の日本語みたいなものを呟く。舌がもつれ、声がかすれているという情無い有様である。演技拙劣もきわまれりと言うべきである。「甘美なる恋愛」の序曲と称する「もののはずみ」とかいうものの実況は、たいていかくの如く、わざとらしく、いやらしく、あさまし・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・最初に登場する寺子屋の寺子らははなはだ無邪気でグロテスクなお化けたちであるが、この悲劇への序曲として後にきたるべきもののコントラストとしての存在である以上は、こうした粗末な下手な子供人形のほうが、あるいはかえって生きたよだれくりどもよりよい・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・これが序曲である。 一編の終章にはやはり熱帯の白日に照らされた砂漠が展開される。その果てなき地平線のただ中をさして一隊の兵士が進む。前と同じ単調な太鼓とラッパの音がだんだんに遠くなって行く。野羊を引きふろしき包みを肩にしたはだしの土人の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
この音楽的映画の序曲は「パリのめざめ」の表題楽で始まる。まず夜明けのセーヌの川岸が現われる。人通りはなくて朝霧にぬれたベンチが横たわり、遠くにノートルダームの双生塔がぼんやり見える。眠りのまださめぬ裏町へだれか一人自転車を・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・徐に序曲の演奏せられる中わたくしはやがて幕の明くのを見た。其の瞬間に経験した奇異なる心況は殆名状することの出来ないほど複雑なものであった。観客の言語服装と舞台の世界とは全然別種のもので、其間に何等の融和すべきものがない。これに加るに残暑の殊・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・の短く途絶えた序曲のような性質をもっている。あるいは、嵐がおそって来る前の稲妻の閃きのような。「白い蚊帳」は時期から云えば「我に叛く」より数年あとになるが、これも或る意味では「伸子」に添えてよまれるべき性質の作品と云える。「伊太利亜の古・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
ワインガルトナー夫人の指揮 その晩は、ベートーヴェンばかりの曲目で、ワインガルトナー博士は第七と田園交響楽などを指揮し、カルメン夫人はレオノーレの序曲を指揮することになっていた。 私は音楽について・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
出典:青空文庫