・・・「勧工場の店番」「姉さんは?」「ないの」「妹は?」「芸者を引かされるはず」「どこにつとめているの?」「大宮」「引かされてどうするの?」「その人の奥さん」「なアに、妾だろう」「妾なんか、つまりません・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・話の種も尽きて、退屈したお互いに顔を情けなく見かわしながら店番していると、いっそ恥かしい想いがした。退屈しのぎに、昼の間の一時間か二時間浄瑠璃を稽古しに行きたいと柳吉は言い出したが、とめる気も起らなかった。これまでぶらぶらしている時にはいつ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・父親はすぐ炭小屋へ帰ってゆくが、スワは一人いのこって店番するのであった。遊山の人影がちらとでも見えると、やすんで行きせえ、と大声で呼びかけるのだ。父親がそう言えと申しつけたからである。しかし、スワのそんな美しい声も滝の大きな音に消されて、た・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・と、奥の棚にビイルの瓶が、成程ずらりと並んである。私は、誘惑を感じた。ビイルでも一ぱい飲めば、今の、この何だかいらいらした不快な気持を鎮静させることが出来るかも知れぬと思った。「おい、」と店番の男の子を呼び、「ビイルだったら、お母さんが・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・菊見せんべいを買いにゆくと、店番が、吊ってある紙袋を一つとって、ふっとふくらまし、一度に五枚ずつ数えてその中に入れ、へい、とわたしてよこした。ふくらんで軽い大きい紙袋をうけとったとき、おいしい塩せんべいの匂いがした。ときには、紙袋をもったと・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・そして店番の男を有頂天に致しますでしょう。が、其丈でございます。彼女等は決して、褒むべきものと買うべきものとを混同しない丈の確っかりさを持って居るのでございます。其故、芝居にしても其が娯楽である以上は心を楽しませ、小説がたのしみの読書である・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ニーナは昼休みに仲間によんできかせてやるため、毎朝そこで『プラウダ』を買って行く習慣だ。店番をしている十五ばかりのナターシャがニーナを見て今朝は「お早う」のかわりに、「今日は私達の日ね、おめでとう……」とニコニコしながら嬉しそうに云・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
出典:青空文庫