・・・九 今の世は唯さえ文学美術をその弊害からのみ観察して宛ら十悪七罪の一ツの如く厭い恐れている時、ここに日常の生活に芸術味を加えて生存の楽しさを深くせよといわば、それこそ世を害し国を危くするものと老人連はびっくりするであろう。尤・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 従って現代の教育の傾向、文学の潮流が、自然主義的であるためにボツボツその弊害が表われて、日本の自然主義という言辞は甚だしく卑しむべきものになって来た。けれどもこれは間違である。自然主義はそんな非倫理的なものではない、自然主義そのものは・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・もっとも幾何学などで中心から円周に到る距離がことごとく等しいものを円と云うというような定義はあれで差支ない、定義の便宜があって弊害のない結構なものですが、これは実世間に存在する円いものを説明すると云わんよりむしろ理想的に頭の中にある円という・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・こういうと私が酒や女をむやみに推薦するようでちょっとおかしいが、私の申上げる主意はたとい弊害の多い酒や女や待合などが交際の機関として上流の人に用いられるのでも、人間は個々別々に孤立して互の融和同情を眼中に置かず、ただ自家専門の職業にのみ腐心・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ これに反して自から活動しているものはその活動の形式が明かに自分の頭に纏って出て来ないかも知れない代りに、観察者の態度を維持しがちの学者のように表面上の矛盾などを無理に纏めようとする弊害には陥る憂がない。さきほどオイケンの批評をやって形・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・けれども一国の学者を挙げて悉く博士たらんがために学問をするというような気風を養成したり、またはそう思われるほどにも極端な傾向を帯びて、学者が行動するのは、国家から見ても弊害の多いのは知れている。余は博士制度を破壊しなければならんとまでは考え・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・ もし文芸院がより多く卑近なる目的を以て、文芸の産出家に対して、個々別々の便宜を、その作物上の評価に応じて、零細にかつ随時に与えようとするならば、余はその効果の比較的少きに反して、その弊害の思ったよりも大いなる事を断言するに憚らぬもので・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・此辺は枝葉の議論として姑く擱き、扨婦人が夫に対して之を軽しめ侮る可らずとは至極の事にして婦人の守る可き所なれども、今の男女の間柄に於て弊害の甚しきものを矯正せんとならば、我輩は寧ろ此教訓を借用して逆に夫の方を警めんと欲する者なり。顔色言語の・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・かかる弊害は、近日我が邦の政談上においてもおおいに流行するが如し。左にその次第を述べん。 嘉永年中、開国の以来、我が日本はあたかも国を創造せしものなれば、もとより政府をも創造せざるべからず。ゆえに旧政府を廃して新政府をつくりたり。自然の・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ 中津の旧藩にて、上下の士族が互に婚姻の好を通ぜざりしは、藩士社会の一大欠典にして、その弊害はほとんど人心の底に根拠して動かすべからざるもののごとし。今日に至ては稀に上下相婚する者もなきに非ざれども、今後ますますこの路を開くべきの勢を見・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫