・・・竹で造った骨組みの上へ紙を張って、それに青と赤との画の具で、華やかな彩色が施してある。形は画で見る竜と、少しも変りがない。それが昼間だのに、中へ蝋燭らしい火をともして、彷彿と蒼空へ現れた。その上不思議な事には、その竜燈が、どうも生きているよ・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・にも早速彩色を加えることにした。「浦島太郎」は一冊の中に十ばかりの挿絵を含んでいる。彼はまず浦島太郎の竜宮を去るの図を彩りはじめた。竜宮は緑の屋根瓦に赤い柱のある宮殿である。乙姫は――彼はちょっと考えた後、乙姫もやはり衣裳だけは一面に赤い色・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・かく荒れ果てたる小堂の雨風をだに防ぎかねて、彩色も云々。 甲冑堂の婦人像のあわれに絵の具のあせたるが、遥けき大空の雲に映りて、虹より鮮明に、優しく読むものの目に映りて、その人あたかも活けるがごとし。われらこの烈しき大都会の色彩を視む・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・手箱ほど部の重った、表紙に彩色絵の草紙を巻いて――鼓の転がるように流れたのが、たちまち、紅の雫を挙げて、その並木の松の、就中、山より高い、二三尺水を出た幹を、ひらひらと昇って、声するばかり、水に咽んだ葉に隠れた。――瞬く間である。―― ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 湖を遥に、一廓、彩色した竜の鱗のごとき、湯宿々々の、壁、柱、甍を中に隔てて、いまは鉄鎚の音、謡の声も聞えないが、出崎の洲の端に、ぽッつりと、烏帽子の転がった形になって、あの船も、船大工も見える。木納屋の苫屋は、さながらその素袍の袖・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・まずどうするとお思いなさる、……後で聞くとこの蝋燭の絵は、その婦が、隙さえあれば、自分で剳青のように縫針で彫って、彩色をするんだそうで。それは見事でございます。 また髪は、何十度逢っても、姿こそ服装こそ変りますが、いつも人柄に似合わない・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・学士先生の若夫人と色男の画師さんは、こうなると、緋鹿子の扱帯も藁すべで、彩色をした海鼠のように、雪にしらけて、ぐったりとなったのでございます。 男はとにかく、嫁はほんとうに、うしろ手に縛りあげると、細引を持ち出すのを、巡査が叱りましたが・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ ゆかただか、羅だか、女郎花、桔梗、萩、それとも薄か、淡彩色の燈籠より、美しく寂しかろう、白露に雫をしそうな、その女の姿に供える気です。 中段さ、ちょうど今居る。 しかるに、どうだい。お米坊は洒落にも私を、薄情だというけれど、人・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・紅蓮の花びらをとかして彩色したように顔が美しい。わりあいに顔のはば広く、目の細いところ、土佐絵などによく見る古代女房の顔をほんものに見る心持ちがした。富士のふもと野の霜枯れをたずねてきて、さびしい宿屋に天平式美人を見る、おおいにゆかいであっ・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・その頃は何に由らず彩色人の摺物は絵双紙屋組合に加入しなければ作れなかったもので、喜兵衛はこれがために組合へ加入して、世間の軽焼の袋が紅一遍摺であるに反して、板下に念を入れた数遍摺の美くしい錦絵のような袋を作った。疱瘡痲疹の患者は大抵児供だか・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫