・・・当時の外国貿易に従事する者は、もとより市中の富有者でもあり、智識も手腕も有り、従って勢力も有り、又多少の武力――と云ってはおかしいが、子分子方、下人僮僕の手兵ようの者も有って、勢力を実現し得るのであった。それで其等の勢力が愛郷土的な市民に君・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・だ薄靄が村の田の面や畔の樹の梢を籠めているほどの夙さに起出て、そして九時か九時半かという頃までには、もう一家の生活を支えるための仕事は終えてしまって、それから後はおちついた寛やかな気分で、読書や研究に従事し、あるいは訪客に接して談論したり、・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・私も、著作に従事するものの癖で、筆執ることが仕事のようになっていて、手紙となるとひどくおっくうに思われてならない。でも、ほかの手紙でもなかった。私は太郎あてのものをその翌日になって書いた。 送金。 金五千円。 これは思いがけ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ ポルジイは非常な決心と抑えた怒とを以て、書きものに従事している。夕食にはいつも外へ出るのだが、今日は従卒に内へ持って来させた。食事の時は、赤葡萄酒を大ぶ飲んで、しまいにコニャックを一杯飲んだ。 翌日まだ書いている。前日より一層劇し・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・これはやってみたら必ず映画製作に従事する人たちにとって何かの良い参考になるであろうと思われる。 発声映画としての「パリの屋根の下」のもう一つの特徴は、筋を運ぶための言葉をほとんど極端にまで切り詰め省略してしまったことである。それで話の筋・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・て、普通の意味でいわゆるあたまの悪い人にでも容易にわかったと思われるような尋常茶飯事の中に、何かしら不可解な疑点を認めそうしてその闡明に苦吟するということが、単なる科学教育者にはとにかく、科学的研究に従事する者にはさらにいっそう重要必須なこ・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・わたくしは政治もしくは商工業に従事する人の趣味については暫く擱いて言わぬであろう。画家文士の如き芸術に従事する人たちが明治の末頃から、祖国の花鳥草木に対して著しく無関心になって来たことを、むしろ不思議となしている。文士が雅号を用いることを好・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・夏の最中には蔭深き敷石の上にささやかなる天幕を張りその下に机をさえ出して余念もなく述作に従事したのはこの庭園である。星明かなる夜最後の一ぷくをのみ終りたる後、彼が空を仰いで「嗚呼余が最後に汝を見るの時は瞬刻の後ならん。全能の神が造れる無辺大・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・その次には、自分の浮気や得意はこの場限りで、もう少しすると平生の我に帰るのだが、ほかの人のは、これが常態であって、家へ帰っても、職務に従事しても、あれでやっているんだと己惚れます。すると自分はどうしてもここにいるべきではないとなる。宅へ帰っ・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・人民みずから自家の政に従事するの義を旨とするものなり。 たとえば政府にて、学校を立てて生徒を教え、大蔵省を設けて租税を集むるは、政府の政なり。平民が、学塾を開いて生徒を教え、地面を所有して地代小作米を取立つるは、これを何と称すべきや。政・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
出典:青空文庫