・・・「皆御家のためじゃ。」――そう云う彼の決心の中には、彼自身朧げにしか意識しない、何ものかを弁護しようとするある努力が、月の暈のようにそれとなく、つきまとっていたからである。 ―――――――――――――――――――――――・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・白糸 それから、あの、ちょっと伺いとう存じますが、欣弥さんは、唯今、御家内はお幾人。七左 二人じゃが、の。白糸 お二人……お女中と……七左 はッはッはッ、いずれそのお女中には違いない。はッはッはッ。白糸 どんなお方。・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・されば御家相続の子無くして、御内、外様の面、色諫め申しける。」なるほどこういう状態では、当人は宜いが、周囲の者は畏れたろう。その冷い、しゃちこばった顔付が見えるようだ。 で、諸大名ら人の執成しで、将軍義澄の叔母の縁づいている太政大臣九条・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・木沢殿、事すでにすべて成就も同様、故管領御家再興も眼に見えてござるぞ。」というと、人々皆勇み立ち悦ぶ。「損得にはそれがしも引廻されてござるかナ。」と自ら疑うように又自ら歎ずるように、木沢は室の一隅を睨んだ。 其後幾日・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・聞き込んだ筋が好いそうでして……なんでも御家は御寺様だそうで御座いますよ……その方はあんまり御家の格が好いものですから、それで反って御嫁に行き損って御了いなすったとか。学問は御有んなさるし、立派な御方なんだそうで御座います。御年は四十位だと・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・「熊公の御家はつぶれて仕舞ったよ」と云ったら、寝衣を畳みながら「マア可哀相にあの人も御かみさんの居た頃はあんなでもなかったんですけれど」と何か身につまされでもしたようにしみじみと云った。自分はそれに答えず縁側の柱に凭れたまま、嵐も名残と吹き・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・そんな事は一々聞かないでもいいから好加減にしてくれと云うと、どう致しまして、奥様の入らっしゃらない御家で、御台所を預かっております以上は一銭一厘でも間違いがあってはなりません、てって頑として主人の云う事を聞かないんだからね」「それじゃあ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・甚だしきは骨肉相争い、親戚陰に謀り、家名の相続、財産の分配等、争論百出、所謂御家騒動の大波瀾を生じて人に笑わるゝの事例さえなきに非ず。而して其不和争擾の衝に当る者は其時の未亡人即ち今日の内君にして、禍源は一男子の悪徳に由来すること明々白々な・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 今夜私の御家へとめて頂戴って。 そいでね、御馳走してあげるから私達にお話して頂戴ってお約束したのよ。 ねえ、おじさん。B まあそう。 そりゃあ、ほんとに面白いわ。 さあ聞かせてちょうだいな。A、Bは旅人の傍・・・ 宮本百合子 「旅人(一幕)」
出典:青空文庫