・・・「この頃は折角見て上げても、御礼さえ碌にしない人が、多くなって来ましたからね」「そりゃ勿論御礼をするよ」 亜米利加人は惜しげもなく、三百弗の小切手を一枚、婆さんの前へ投げてやりました。「差当りこれだけ取って置くさ。もしお婆さ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・牧野が始終御世話になりますそうで、私からも御礼を申し上げます。」 女の言葉は穏やかだった。皮肉らしい調子なぞは、不思議なほど罩っていなかった。それだけまたお蓮は何と云って好いか、挨拶のしように困るのだった。「つきましては今日は御年始・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・それから僕のお母さんにも命拾いの御礼を云わせて下さい。僕の家には牛乳だの、カレエ・ライスだの、ビフテキだの、いろいろな御馳走があるのです。」「ありがとう。ありがとう。だがおじさんは用があるから、御馳走になるのはこの次にしよう。――じゃお・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・――既に病気が本復した以上、修理は近日中に病緩の御礼として、登城しなければならない筈である。所が、この逆上では、登城の際、附合の諸大名、座席同列の旗本仲間へ、どんな無礼を働くか知れたものではない。万一それから刃傷沙汰にでもなった日には、板倉・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・「御経を承わり申した嬉しさに、せめて一語なりとも御礼申そうとて、罷り出たのでござる。」 阿闍梨は不審らしく眉をよせた。「道命が法華経を読み奉るのは、常の事じゃ。今宵に限った事ではない。」「されば。」 道祖神は、ちょいと語・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・「いや、そう御礼などは言って貰うまい。いくらおれの弟子にしたところが、立派な仙人になれるかなれないかは、お前次第で決まることだからな。――が、ともかくもまずおれと一しょに、峨眉山の奥へ来て見るが好い。おお、幸、ここに竹杖が一本落ちている・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ 私は魔術を教えて貰う嬉しさに、何度もミスラ君へ御礼を言いました。が、ミスラ君はそんなことに頓着する気色もなく、静に椅子から立上ると、「御婆サン。御婆サン。今夜ハ御客様ガ御泊リニナルカラ、寝床ノ仕度ヲシテ置イテオクレ。」 私は胸・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・と、わざと調戯うように声をかけますと、お敏は急に顔を赤らめて、「まあ私、折角いらしって下すった御礼も申し上げないで――ほんとうによく御出で下さいました。」と、それでも不安らしく答えるのです。そこで新蔵も気がかりになって、あの石河岸へ来るまで・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 若者の所へはお婆様が自分で御礼に行かれました。そして何か御礼の心でお婆様が持って行かれたものをその人は何んといっても受取らなかったそうです。 それから五、六年の間はその若者のいる所は知れていましたが、今は何処にどうしているのかわか・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・ 思懸けない、その御礼までに、一つ手前芸を御覧に入れる。「お笑い遊ばしちゃ、厭ですよ。」と云う。「これは拝見!」と大袈裟に開き直って、その実は嘘だ、と思った。 すると、軽く膝を支いて、蒲団をずらして、すらりと向うへ、……扉の・・・ 泉鏡花 「妖術」
出典:青空文庫