・・・ 惟うに、太平の世の国の守が、隠れて民間に微行するのは、政を聞く時より、どんなにか得意であろう。落人のそれならで、そよと鳴る風鈴も、人は昼寝の夢にさえ、我名を呼んで、讃美し、歎賞する、微妙なる音響、と聞えて、その都度、ハッと隠れ忍んで、・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 乃木大将の程度のものでさえ、田舎おやじの風体で微行して、その土地の関係者が彼を発見したときの恐縮や一変した待遇をエンジョイしたことは有名である。きょうの宮さまとよばれる有閑な中年の男性たちが、あたりまえの一市民のようであって決してそう・・・ 宮本百合子 「ジャーナリズムの航路」
・・・ 正道は任国のためにこれだけのことをしておいて、特に仮寧を申し請うて、微行して佐渡へ渡った。 佐渡の国府は雑太という所にある。正道はそこへ往って、役人の手で国中を調べてもらったが、母の行くえは容易に知れなかった。 ある日正道は思・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫