・・・ゆうべまた徹夜でばくちだな? 帰れ、帰れ。お客さんを連れて来たんだ。」 老人は起き上り、私達にそっと愛想笑いを浮べ、佐吉さんはその老人に、おそろしく丁寧なお辞儀をしました。江島さんは平気で、「早く着物を着た方がいい。風邪を引くぜ。あ・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・も二つ三つ、つたない作品を発表していて、或る朝、井伏さんの奥様が、私の下宿に訪ねてこられ、井伏が締切に追われて弱っているとおっしゃったので、私が様子を見にすぐかけつけたところが、井伏さんは、その前夜も徹夜し、その日も徹夜の覚悟のように見受け・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・でも何でも無く、ほんとうに、それから四、五日経って、まあ、あつかましくも、こんどはお友だちを三人も連れて来て、きょうは病院の忘年会があって、今夜はこれからお宅で二次会をひらきます、奥さん、大いに今から徹夜で飲みましょう、この頃はどうもね、二・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・きょう、只今徹夜にて仕事中、後略のまま。津島修二様。早川生。」 月日。「玉稿昨日頂戴しました。先日、貴兄からのハガキどういう理由だかはっきりしなかったところ、昨日の原稿を読んで意味がよくわかりました。先日の僕の依頼に就て、態度が・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・わかい研究生たちと徹夜で騒ぎました。焼酎も、ジンも飲みました。きざな、ばかな女ですね。 愚痴は、もう申しますまい。私は、いさぎよく罰を受けます。窓のそとの樹の枝のゆれぐあいで、風がひどいなと思っているうちに、雨が横なぐりに降って来ました・・・ 太宰治 「水仙」
・・・ゆうべ徹夜で計算したところに依ると、三百円で、素晴らしい本が出来る。それくらいなら、僕ひとりでも、どうにかできそうである。君は詩を書いてポオル・フォオルに読ませたらよい。僕はいま海賊の歌という四楽章からなる交響曲を考えている。できあがったら・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ 家屋の彼方では、徹夜して戦場に送るべき弾薬弾丸の箱を汽車の貨車に積み込んでいる。兵士、輸卒の群れが一生懸命に奔走しているさまが薄暮のかすかな光に絶え絶えに見える。一人の下士が貨車の荷物の上に高く立って、しきりにその指揮をしていた。・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 一本の稲の穂を教材とするのでも、一生懸命骨を折って三日も四日も徹夜して教程をこしらえてかかるからかえっていけないではないかと思う。不用意に取って来た一草一木を机上に置いて一時間のあいだ無言で児童といっしょにひねくり回したり虫めがねで見・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・昔の山の手の住民が浅草の芝居を見に行くために前夜から徹夜で支度して夜のうちに出かけて行った話と比較してみるとあまりにも大きな時代の推移である。しかしそういう昔の人の感じた面白さと、今のラジオを聞く人の面白さとの比較はどうなるかそれは分からな・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・例えば読書生が徹夜勉強すれば、その学芸の進歩如何にかかわらず、ただその勉強の一事のみを以て自ら信じ自ら重んずるに足るべし。寺の僧侶が毎朝早起、経を誦し粗衣粗食して寒暑の苦しみをも憚らざれば、その事は直ちに世の利害に関係せざるも、本人の精神は・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫