・・・ こういう時代物の映画で俳優たちのいちばんスチューピッドに見えるのは、彼らが何かひとかどの分別ありげな思い入れをする瞬間である。深謀遠慮のある事を顔に出そうとすればするほどスチューピッドになるのは当然のことである。 日本の時代物映画・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・と仁王立になった信玄と、ちょんびり、出立の用意を命じて思い入れした信玄とが短くつながって幕になってしまったのである。 早苗の死、其に連関して全く消極の働きを起した老傅役の自殺、子義信の反乱が、信玄の心にどう影響したか。自分は其が知りたか・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・に身を捨てて天地の間に感覚を研ぎすました芸術家の生涯にある鋭い直角的なものではなく、謂わば芭蕉を味うその境地を自ら味うとでも云うべき、二重性、並行性があり、それは、藤村の文章の独特な持ち味である一種の思い入れを結果しているのである。文章にお・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・出された勇ましいその評論も、すえは何となししんみりして、最後のくだり一転は筆者がひとしおいとしく思っている心境小説の作家尾崎一雄を、ひいきしている故にたしなめるという前おきできめつける、歌舞伎ごのみの思い入れにおわった。ジャーナリズムの上に・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・リアリスティックであるようだが読者はそれがすべて藤村流の気分・心持で圧えられ、思い入れを伴って描かれ、人物自体、動作自体が地の文の上に浮動して活躍していないことを感じる。ダイナミックでない。自由でない。精緻であるが、縫いつぶしの刺繍を見るよ・・・ 宮本百合子 「「夜明け前」についての私信」
・・・この涙、ああらこの身の心はまださほど弱うはなるまいに……涙ばかりが弱うて……昨夜見た怖い夢は……ああ思い入ればいとどなお胸は……胸は湧き起つわ。矢口とや、矢口はいずくぞ。翼さえあらばかほどには……」 思い入ってはこらえかねてそぞろに涙を・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・というと、さも見下果たという様子を口元にあらわして、僕の手を思い入れ握りしめ、「どうしてどうしてお死になされたとわたしが申た愛しいお方の側へ、従四位様を並べたら、まるで下郎を以て往たようだろうよ」と仰有ってまたちょっと口を結び、力のなさそう・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫