・・・かれは病院の背後の便所を思い出してゾッとした。急造の穴の掘りようが浅いので、臭気が鼻と眼とをはげしく撲つ。蠅がワンと飛ぶ。石灰の灰色に汚れたのが胸をむかむかさせる。 あれよりは……あそこにいるよりは、この闊々とした野の方がいい。どれほど・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・これからまた少し離れた斜面にヤシャブシを伐採して急造した風流な緑葉ぶきの炊事小屋が建ててある。三本の木の株で組み立てられた竈の飯釜の下からは楽しげな炊煙がなびいている。小屋の中の片側には数日分の薪材に付近の灌木林から伐り集めた小枝大枝が小ぎ・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・と、横柄な親しさで背広服の急造運転手に声をかけ、「×橋行か」 声の調子を改めて、「×橋行きでございます。――××方面のお方はおのり下さい」 一こと一ことをはっきりと呼んで、またコツ、コツ安全地帯をこっちへやって来る。・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・一つは、あの頃の払底につけ込んで、郊外に少しでも土地を持って居る者は、ひどい苦面をしてでも、まるで小屋のような急造家屋を、矢鱈に並べた。当座こそは、いやでも他にないのだから仕方なく入った人も多くあったのだろう。然し、次第に調節がつき、物価が・・・ 宮本百合子 「又、家」
出典:青空文庫