・・・それ故に青年時代に高く、美しい書物を読まずに逸することは恐るべく、惜しむべきことである。何をおいても、人間性の霊的・美的教養の書物は逸することを恐れて、より高く、より美しきものをと求めて読んでおかなければならないのである。 学術的、社会・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 老人は、机のはしに、丸い爪を持った指の太い手をついて、急に座ると腰掛が毀れるかのように、腕に力を入れて、恐る/\静かに坐った。 朝鮮語の話は、傍できいていると、癇高く、符号でも叫んでいるようだった。滑稽に聞える音調を、老人は真面目・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 源作は、呼ばれるまゝに、恐る/\小川の方へ行った。「源作、お前は今度息子を中学へやったと云うな。」肥った、眼に角のある、村会議員は太い声で云った。「はあ、やってみました。」「わしは、お前に、たってやんなとは云わんが、労働者・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・ 即ち死ちょうことに伴なう諸種の事情である、其二三を挙ぐれば、天寿を全うして死ぬのでなく、即ち自然に老衰して死ぬのでなくして、病疾其他の原因から夭折し、当然享くべく味うべき生を、享け得ず味わい得ざるを恐るるのである、来世の迷信から其妻子・眷・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・北村君の天才は恐るべき生の不調和から閃き発して来た。で、種々な空想に失望したり、落胆したりして、それから空しい功名心も破れて――北村君自身の言葉で言えば「功名心の梯子から落ちて」――そうして急激な勢で文学の方へ出て来るようになったのである。・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・古老の曰く、「心中の敵、最も恐るべし。」私の小説が、まだ下手くそで伸び切らぬのは、私の心中に、やっぱり濁ったものがあるからだ。 太宰治 「鬱屈禍」
・・・更に明確にぶちまけるならば、この小品の原作者 HERBERT EULENBERG さん御自身こそ、作中の女房コンスタンチェさんの御亭主であったという恐るべき秘密の匂いを嗅ぎ出すことが出来るのであります。すれば、この作品の描写に於ける、(殊冷・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・その結果の善悪にかかわらず実に恐るべきことだと思われるのであった。 新宿辺で灯がつき始めたが、駒込へ帰るまで空は明るかった。夕空の下に電燈の灯った東京の見馴れた街が、どうしたのかこの時に限って実に世にも美しい、いつもとは別な街のように見・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ものでなんの連絡もない断片の無機的系列に過ぎないようであるが、精神分析学者の説くところによると、それらの断片をそれの象徴する潜在的内容に翻訳すれば、そういう夢はちゃんとした有機的な文章になり、そうして恐るべきわが内部生活の秘密を赤裸々に暴露・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・「身を殺して魂を殺す能わざる者を恐るるなかれ」。肉体の死は何でもない。恐るべきは霊魂の死である。人が教えらえたる信条のままに執着し、言わせらるるごとく言い、させらるるごとくふるまい、型から鋳出した人形のごとく形式的に生活の安を偸んで、一切の・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫