・・・実は開化の定義を下す御約束をしてしゃべっていたところがいつの間にか開化はそっち退けになってむずかしい定義論に迷い込んではなはだ恐縮です。がこのくらい注意をした上でさて開化とは何者だと纏めてみたら幾分か学者の陥りやすい弊害を避け得られるしまた・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・しかし花袋君の説を拝見してちょっと弁解する必要が生じたついでに、端なく独歩花袋両君の作物に妄評を加えたのは恐縮である。 小生は日本の文芸雑誌をことごとく通読する余裕と勇気に乏しいものである。現に花袋君の主宰しておらるる「文章世界」のごと・・・ 夏目漱石 「田山花袋君に答う」
・・・これには恐縮した。余が博士を辞する時に、これら前人の先例は、毫も余が脳裏に閃めかなかったからである。――余が決断を促がす動機の一部分をも形づくらなかったからである。尤も先生がこれら知名の人の名を挙げたのは、辞任の必ずしも非礼でないという実証・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・故に前文を其まゝにして之を夫の方に差向け、万事妻を先にして自分を後にし、己れに手柄あるも之に誇らず、失策して妻に咎めらるゝとも之を争わず、速に過を改めて一身を慎しみ、或は妻に侮られても憤怒せずして唯恐縮謹慎す可し云々と、双方に向て同一様の教・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 山男は、大へん恐縮したように、頭をかいて立って居りました。みんなはてんでに、自分の農具を取って、森を出て行こうとしました。 すると森の中で、さっきの山男が、「おらさも粟餅持って来て呉ろよ。」と叫んでくるりと向うを向いて、手で頭・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・お招きにあずかりまして大へん恐縮です。」と云いました。みんなは山男があんまり紳士風で立派なのですっかり愕ろいてしまいました。ただひとりその中に町はずれの本屋の主人が居ましたが山男の無暗にしか爪らしいのを見て思わずにやりとしました。それは昨日・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・食事の時間にお客が来ると、来たお客が恐縮するかわりに、却って食事中の主人一家の方があわてて、すまないことでもしているように、失礼いたしまして、と詫びたりします。 これは、日本独特の習慣であると思います。いい食事をするのも、乏しい食事・・・ 宮本百合子 「公のことと私のこと」
・・・ すると、網野さんが何だか冗談に恐縮したように肩をすぼめながら、「きっと私がいるからですよ」と、おかしそうにした。「あら本当よ、この間夜いらしった時だって雨だったわ――何の生れ年? 龍?」「先ね、私が叔母の家へ行くときっ・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ある人はいかにも恐縮したようなそぶりをしました。ある人は涙ぐむように見えました。彼はこの瞬間にじじいの霊を中に置いてこれらの人々の心と思いがけぬ密接な交通をしているのを感じました。実際彼も涙する心持ちで、じじいを葬ってくれた人々に、――とい・・・ 和辻哲郎 「土下座」
・・・能についてほとんど知るところのない自分が能の様式に言及するのははなはだ恐縮であるが、素人にもはっきりと見えるあの歩き方だけを取って考えても右のことは明らかである。能の役者は足を水平にしたまま擦って前に出し、踏みしめる場所まで動かしてから急に・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫