・・・「今やデンマークにとり悪しき日なり」と彼らは相互に対していいました。この挨拶に対して「否」と答えうる者は彼らのなかに一人もありませんでした。しかるにここに彼らのなかに一人の工兵士官がありました。彼の名をダルガスといいまして、フランス種のデン・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・さなきだに蒼ざめて血色悪しき顔の夜目には死人かと怪しまれるばかり。剰え髪は乱れて頬にかかり、頬の肉やや落ちて、身体の健かならぬと心に苦労多きとを示している。自分は音を立てぬようにその枕元を歩いて、長火鉢の上なる豆洋燈を取上げた。 暫時聴・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・デイアボロス、ベリアル、ベルゼブル、悪鬼の首、この世の君、この世の神、訴うるもの、試むる者、悪しき者、人殺、虚偽の父、亡す者、敵、大なる竜、古き蛇、等である。以下は日本に於ける唯一の信ずべき神学者、塚本虎二氏の説であるが、「名称に依っても、・・・ 太宰治 「誰」
・・・な情緒を、薔薇を、すみれを、虫の声を、風を、にやりと薄笑いして敬遠し、もっぱら、「我は人なり、人間の事とし聞けば、善きも悪しきも他所事とは思われず、そぞろに我が心を躍らしむ。」とばかりに、人の心の奥底を、ただそれだけを相手に、鈍刀ながらも獅・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・天の父はその陽を悪しき者のうえにも、善き者のうえにも昇らせ、雨を正しき者にも、正しからぬ者にも降らせ給うなり。なんじら己を愛する者を愛すとも何の報をか得べき、取税人も然するにあらずや。兄弟にのみ挨拶すとも何の勝ることかある、異邦人も然するに・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・美きものを美しと言い、悪しきものを悪しという。それも嘘であった。だいいち美きものを美しと言いだす心に嘘があろう。あれも汚い、これも汚い、と三郎は毎夜ねむられぬ苦しみをした。三郎はやがてひとつの態度を見つけた。無意志無感動の痴呆の態度であった・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・と題する一文があり、何の墓を見ても、よき夫、よき妻、よき子と書いてある、悪しき人々は何処に葬られているのであろうかという如きことがあったと記憶する。諸君も屍に鞭たないという寛大の心を以て、すべての私の過去を容してもらいたい。 彼はこうい・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・女子結婚の後は自から其家事に忙しく、殊に子供など産れたる上は外出は自然乙甲なれども、父母を親しみ慕うは人間の情にして又決して悪しき事にあらざれば、家事の都合次第、叶うことならば忘れぬように毎々里の家を尋ねて両親の機嫌を伺い、共に飲食などして・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 而してその旧、必ずしも良なるに非ず、その新、必ずしも悪しきに非ず。ただいたずらに目下の私に煩悶するのみ。けだしそのゆえは何ぞや。直接のために眼光をおおわれて、地位の利害に眩すればなり。今、世の人心として、人々ただちに相接すれば、必ず他・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・二の方は、さまで面倒もなく損害もなき故、何となく子供の痛みを憐れみ、かつは泣声の喧しきを厭い、これを避けんがために過ちを柱に帰して暫くこれを慰むることならんといえども、父母のすることなすことは、善きも悪しきも皆一々子供の手本となり教えとなる・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
出典:青空文庫