・・・めに私は弱いものを助けてやった、後世のために私はこれだけの艱難に打ち勝ってみた、後世のために私はこれだけの品性を修練してみた、後世のために私はこれだけの義侠心を実行してみた、後世のために私はこれだけの情実に勝ってみた、という話を持ってふたた・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ その人達は、文壇に於ける芸術というよりか、直に、自己の真情を社会に向って呼びかけるための芸術であります。 情実と利害関係の複雑な文化機関と、その文壇的の声望は、以上の如き芸術に、決して正しい評価を下すものでありません。常にその時代・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・されば今、店子と家主と、区長と小前と、その間にさまざまの苦情あれども、その苦情は決して真の情実を写し出したるものに非ず。この店子をして他の家主の支配を受けしめ、この区長を転じて隣村の区長たらしめなば、必ずこれに満足せずして旧を慕うことあるべ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・会を開きて学問の針路を指示するが如きは、はなはだ佳しといえども、その総理教員なる者は、以前は在官の栄誉を辱うしたる身分にして、にわかに私立の身となりては、あたかも栄誉を失うの姿にして、心を痛ましむるの情実あるべしというものあり。 我が輩・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ゆえに富貴は貧賤の情実を知り、貧賤は富貴の挙動を目撃し、上下混同、情意相通じ、文化を下流の人に及ぼすべし。その得、四なり。一、文学はその興廃を国政とともにすべきものにあらず。百年以来、仏蘭西にて騒乱しきりに起り、政治しばしば革るといえど・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ 和久井門平 小市民の下級知識労働者が、市の職業紹介所へ行って、かかりの者の官僚主義や、得たいのしれぬ情実採用に痛めつけられ憤る心持を、この作者は細々と書いている。憤りを押えて下手に出る求職者の心もちなどこくめいに書かれているが、作品・・・ 宮本百合子 「小説の選を終えて」
・・・「私は一さい情実に捕われないことにしています……書いたものを買うなら別だが」 一つの插話にすぎないが、私は、氏の編輯者道とでもいうべきものの一端を見るように思った。 大正九年の初夏に一度、西片町の家を訪ねたことがあった。二階の部・・・ 宮本百合子 「狭い一側面」
出典:青空文庫