・・・「では都の噂通り、あの松浦の佐用姫のように、御別れを御惜しみなすったのですか?」「二年の間同じ島に、話し合うた友だちと別れるのじゃ。別れを惜しむのは当然ではないか? しかし何度も手招ぎをしたのは、別れを惜しんだばかりではない。――一・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ かのロマンチシズムの恍洋たる波に揺られて、年若くして死んだ、キイツ、シェリー、透谷、樗牛、其の詩人等を惜しみ、人間は、若く、美しい時分に死すべきものだ。年とって、感情が涸渇し、たゞ利害のみに敏く、羞恥をすら感ぜぬようになって、醜悪の姿・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・ 日が暮れかかる前に、ちょうと花とは、たがいにこういって、別れを惜しみました。 ちょうが、見えなくなると、怖ろしい顔つきをしたくもが花の上にのぼってきました。「おまえは、なんで、ちょうにいらない注意などをするのだ。」といって、花・・・ 小川未明 「くもと草」
・・・若し、その人を忘れずに、記念せんとならばその人が、生前に為しつゝあった思想や、業に対して、惜しみ、愛護し、伝うべきであると。 まことに、詩人たり、思想家たる人の言葉にふさわしい。 誰か、人生行路の輩でなかろうか。まさにその墓は、一寸・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・で、礼も述べたし、名残も惜しみたし、いろいろ言いたいこともあったが、傍にいた万年屋の女房がそうはさせておかなかった。「本当かね、お前さん、あまり出抜けで、私も担がれるような気がするよ。じゃ、本当に立つとすると、今日何時だね。」「これ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・見ると右の手の親指がキュッと内の方へ屈っている、やがて皆して、漸くに蘇生をさしたそうだが、こんな恐ろしい目には始めて出会ったと物語って、後でいうには、これは決して怨霊とか、何とかいう様な所謂口惜しみの念ではなく、ただ私に娘がその死を知らした・・・ 小山内薫 「因果」
・・・一銭二銭の金も使い惜しみ、半襟も垢じみた。正月を当てこんでうんと材料を仕入れるのだとて、種吉が仕入れの金を無心に来ると、「私には金みたいなもんあらへん」種吉と入れ代ってお辰が「維康さんにカフェたらいうとこイ行かす金あってもか」と言いに来たが・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・また配給の三合の焼酎に、薬缶一ぱいの番茶を加え、その褐色の液を小さいグラスに注いで飲んで、このウイスキイには茶柱が立っている、愉快だ、などと虚栄の負け惜しみを言って、豪放に笑ってみせるが、傍の女房はニコリともしないので、いっそうみじめな風景・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・私は、あの哀愁感を惜しみます。他の女の人には、わかりません。女のひとは、前にも申しましたように虚栄ばかりで読むのですから、やたらに上品ぶった避暑地の恋や、あるいは思想的な小説などを好みますが、私は、そればかりでなく、貴下の小説の底にある一種・・・ 太宰治 「恥」
・・・もの惜しみをしちゃいけねえ。お前たちも、食べろ。いいかい、お母さんにも、イヤというほど食べさせろ。節子、無言で静かに襖をしめる。どうも、ねえ、漁師まちの先生をしていながら、さかなが食えねえとは、あまりにみじめすぎるよ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
出典:青空文庫