・・・ 此等の愛らしい無邪気な鳥どもが、若し私達が餌を忘れれば飢えて死ななければならない運命に置かれて居ると知るのは、いい心持でなかった。 飼われて居ない野の小鳥は、自然の威圧にも会うだろうが、誰かに餌を忘られて、為に命を終らなければなら・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・有のままをいえば、遠く過ぎ去った小学校時代を屡々追想して、その愛らしい思い出に耽るには、今の自分は、一方からいえば余り大人になり過ぎ、一方からいえば、又、余りに若過ぎる時代にある。丁度、女学校の二三年頃、理由もなく幼年時代をいつくしむような・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・後で身代りと露見した時の小町の驚き、憤りを、一層愛らしい人間的なものにする効果もある。 お里や早瀬の時には心づかなかったが、小町になって、少将が夜な夜な扉を叩く音が宛然、我身を責めるように「響く」と云うのを、宗之助は、高々と「シビク」と・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・小さめなきりっとした愛らしい口元も、真面目に正面を見ている力のこもった眼差も。ふっくりした朗かな顔だち、真摯な誠実さのあらわれている風貌などお父さんそっくりです。金メダルを賞に貰って、マリアは女学校を卒業しました。が、その頃から益々切りつま・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
非常に愛らしい妹を得ると同時に、危ぶんで居た母の健康も廻復期に向って来たので、私は今又とない歓びに身を横えて居る。 それに、来年の四月頃に、何か一つまとめた物を出して、知人の間にだけでも分けたいと思って居るので、その出・・・ 宮本百合子 「偶感」
・・・ あたりはひっそりと鎮って、足跡のない雪の夢のような表面と、愛らしい春の息を吸った空とは、そのなごやかな甘い沈黙のうちで、お互の秘語を交して居るように思われる。 雪は、明にまだ寒さの残りを示して居ながら、あらゆる外景は、優しく柔かく・・・ 宮本百合子 「結婚問題に就て考慮する迄」
・・・ 愛らしいわが原稿紙愛らしいわが 原稿紙おまえが、白紙に青の罫を持ちその罫を一面の文字で埋めて居るのを見ると私の心はおどる。朝、さっぱりと拭き浄められたマホガニー色の机の上で、又は、輝やいた日の午後・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・野生な声でケチくさくて可愛らしい。今、私が机に向って坐っている。スエ子がわきへ小さい椅子をもって来ていろいろ話して居ります。 八月二十七日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より〕 八月十八日夕方から。第七信。 この紙は、・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 見ても愛らしいのは、実に紅雀だ。四羽の雌と雄とが、丸い小さい紅や鶯茶の体で、輝く日だまりにチチ、チチと押しあいへしあいしているのを見ると、しかんだ眉も自らのびる。 心に何もない幼児のように、ついと嘴を押して、ぴったり隣によりついた・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・一々を実際の目で見ると、生物に与えられた狡智が、可笑しく小癪で愛らしい。いじめる気ではなく、怪我をさせない程度にからかうのは、やはり楽しさの一つだ。 ついこの間の晩、縁側のところで、私は妙な一匹の這う虫を見つけた、一寸五分ばかりの長さで・・・ 宮本百合子 「この夏」
出典:青空文庫