・・・これじつに今日比較的教養あるほとんどすべての青年が国家と他人たる境遇においてもちうる愛国心の全体ではないか。そうしてこの結論は、特に実業界などに志す一部の青年の間には、さらにいっそう明晰になっている。曰く、「国家は帝国主義でもって日に増し強・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・子供の時からつめこまれた愛国心とかいうものがまだどっかに残っているのかな。何故、吾々がシベリアへよこされて、三年兵になるまでお国のために奉公して、露西亜人と殺し合いをしなければならないか。その根本の理由はよく分っている。吾々が誰れかの手先に・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・彼は、愛国心に満ちた士官の持つ、それと同じ心臓で、運送船で敵地に送られた陸兵の上陸や、大連湾の攻撃や、威海衛の偵察、旅順攻撃、戦争中の軍艦に於ける生活、威海衛の大攻撃等を見、聞き、感じて、それを報告している。しかも、一新聞記者の無味乾燥な報・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・主人の愛国心は、どうも極端すぎる。先日も、毛唐がどんなに威張っても、この鰹の塩辛ばかりは嘗める事が出来まい、けれども僕なら、どんな洋食だって食べてみせる、と妙な自慢をして居られた。 主人の変な呟きの相手にはならず、さっさと起きて雨戸をあ・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・さっきから、愛国心について永々と説いて聞かせているのだけれど、そんなこと、わかりきっているじゃないか。どんな人にだって、自分の生まれたところを愛する気持はあるのに。つまらない。机に頬杖ついて、ぼんやり窓のそとを眺める。風の強いゆえか、雲が綺・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・そこに、恋もあり、涙もあり、未死の魂もあり、日本国民としての可憐の愛国心が生きて蘇ってきているのであった。私は野に咲いた花を折ってきてそこに手向けた。 私は秋の日など、寺の本堂から、ひろびろとした野を見渡した。黄いろく色ついた稲、それに・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ 人類が進歩するに従って愛国心も大和魂もやはり進化すべきではないかと思う。砲煙弾雨の中に身命を賭して敵の陣営に突撃するのもたしかに貴い日本魂であるが、○国や△国よりも強い天然の強敵に対して平生から国民一致協力して適当な科学的対策を講・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・これらの描写を通して、ルドヴィッチが最後にクリスチアーナに向って深刻な顔つきで訣別をつげる気持の変化を理解しようとすれば、一つの単純な形で語られている軍人気質、愛国心めいたもの以上に深いものを見出し得ないのがむしろ自然であると思う。「リ・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・人類の理性と意志とは、様々な架空の名目、美名で人民同士が互に殺戮しあうような偽瞞の誇りや愛国心にまどわされていてはならない。戦争で底の底までの被害をうけたのは、どこの国でも、人民男女とその子供たちであった。その損害から恢復するための援助とい・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・そして、ドイツの迷っている人達を愛国心だの復讐心などに統一して、そして、ヤング案に反対する、農村では地主が納税に反対するというような、きわめてうまい人心収攬のきっかけ、目先の利益にくらまされる人々の気分をヒットラーが掴んでナチスはああいうよ・・・ 宮本百合子 「平和運動と文学者」
出典:青空文庫