・・・こういう事件をこう写してこう感動させてやろうとかこう鼓舞してやろうとか、述作そのものに興味があるよりも、あらかじめ胸に一物があって、それを土台に人を乗せようとしたがる。どうもややともするとそこに厭味が出て来る。私が今晩こうやって演説をするに・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・等しく文を記して同一様の趣意を述ぶるにも、其文に優美高尚なるものあり、粗野過激なるものあり、直筆激論、時として有力なることなきに非ざれども、文に巧なる人が婉曲に筆を舞わして却て大に読者を感動せしめて、或る場合には俗に言う真綿で首を締めるの効・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・是れ必竟するに清元常磐津直接に聞手の感情の下に働き、其人の感動を喚起し、斯くて人の扶助を待たずして自ら能く説明すればなり。之を某学士の言葉を仮りていわば、是れ物の意保合の中に見われしものというべき乎。 然るに意気と身といえる意は天下の意・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・ただ昔と今と違っているのは、今はそのあらゆる感動が一々意識に上って、他日筆にする材料として保存せられるだけである。 突然オオビュルナンは物に驚いて身を振り向けた。そっと硝子戸を開けたような音がしたのである。しかしそれは錯覚であったとみえ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・この音楽がもう少しこのまま聞えていて、己の心を感動させてくれれば好い。これを聞いている間は、何だか己の性命が暖かく面白く昔に帰るような。そして今まで燃えた事のある甘い焔が悉く再生して凝り固った上皮を解かしてしまって燃え立つようだ。この良心の・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・意匠の美は文学の根本にして人を感動せしむるの力また多くここにあり。しかれども用語、句法の美これに伴わざらんには、あたら意匠の美を活動せしめざるのみならず、かえってその意匠に一種厭うべき俗気を帯びたるがごとく感ぜしむることあり。蕪村の用語と句・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・大王は非常に感動され、すぐにその女の処に歩いて行って申されました。「みんなはそちがこれをしたと申しているがそれはほんとうか」女が答えました。「はい、さようでございます。陛下よ」「どうしてそちのようないやしいものにこんな力・・・ 宮沢賢治 「手紙 二」
・・・ところが、そういう画面で日本の女を紹介する習慣をもっている日本が、平時から世界で一位二位を争うほど、婦人労働者によって生産を守られているという事実は、特に昨今何か新たな感動で私たち女の関心をひくことである。 各国の有業者の人口に対する比・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・Casus として取り扱って、感動せずに、冷眼に視ている処に医者の強みがある。しかし花房はそういう境界には到らずにしまった。花房はまだ病人が人間に見えているうちに、病人を扱わないようになってしまった。そしてその記憶には唯 Curiosa が・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・もとより僕は画家が想念の表現に努めることを排するのではないが、その想念がかくのごとく幼稚で概念的で、何らの深い感動や直観に根ざしていない以上は、むしろ持たぬ方がいいと思う。椿貞雄氏の『石橋のある景色』や、片多徳郎氏の『郊外にて』や、山脇信徳・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫