・・・「うれしきものに罪を思えば、罪長かれと祈る憂き身ぞ。君一人館に残る今日を忍びて、今日のみの縁とならばうからまし」と女は安らかぬ心のほどを口元に見せて、珊瑚の唇をぴりぴりと動かす。「今日のみの縁とは? 墓に堰かるるあの世までも渝らじ」・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・あるいは幾人か集って遠い処に行っている一人を思ったり、あるいは誰か一人に憂き事があるというと、皆が寄って慰めるのだ。しかし己は慰めという事を、ついぞ経験した事がない。ほんに世の中の人々は、一寸した一言をいうては泣き合ったり、笑い合ったりする・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・かの末木の香は「世の中の憂きを身に積む柴舟やたかぬ先よりこがれ行らん」と申す歌の心にて、柴舟と銘し、御珍蔵なされ候由に候。 某つらつら先考御当家に奉仕候てより以来の事を思うに、父兄ことごとく出格の御引立を蒙りしは言うも更なり、某一身に取・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・かの末木の香は、「世の中の憂きを身に積む柴舟やたかぬ先よりこがれ行らん」と申す歌の心にて、柴舟と銘し、御珍蔵なされ候由に候。その後肥後守は御年三十一歳にて、慶安二年俄に御逝去遊ばされ候。御臨終の砌、嫡子六丸殿御幼少なれば、大国の領主たらんこ・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・この不覊の魂を宿したる骸は憂き現し世の鬼の手に落ちた。Yea, thou shalt learn how salt his food who bdresUpon another's bread, ― how steep hi・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫