・・・そうして見れば、当時最も華美とされた城の中でさえも、女主人公と使われる女達との間には、着るものから食べるもの、あらゆることに恐ろしい懸隔があったことが分る。 徳川時代に入って封建制は確められ、士農工商の身分的区別も確立した。徳川氏の権力・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・秀麿と大した点数の懸隔もなくて、優等生として銀時計を頂戴した同科の新学士は、文部省から派遣せられる筈だのに、現にヨオロッパにいる一人が帰らなくては、経費が出ないので、それを待っているうちに、秀麿の方は当主の五条子爵が先へ立たせてしまった。子・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 庄兵衛はいかに桁を違えて考えてみても、ここに彼と我れとの間に、大いなる懸隔のあることを知った。自分の扶持米で立ててゆく暮らしは、おりおり足らぬことがあるにしても、たいてい出納が合っている。手いっぱいの生活である。しかるにそこに満足を覚・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・姉娘の豊なら、もう二十で、遅く取るよめとしては、年齢の懸隔もはなはだしいというほどではない。豊の器量は十人並みである。性質にはこれといって立ち優ったところはないが、女にめずらしく快活で、心に思うままを口に出して言う。その思うままがいかにも素・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・真面目な、ごく真面目な目で、譬えば最も静かな、最も神聖な最も世と懸隔している寂しさのようだとでも云いたい目であった。そうだ。あの男は不思議に寂しげな目をしていた。 下宿の女主人は、上品な老処女である。朝食に出た時、そのおばさんにエルリン・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫