・・・大事のまえの小事には、戒心の要がある。つまらぬ事で蹉跌してはならぬ。常住坐臥に不愉快なことがあったとしても、腹をさすって、笑っていなければならぬ。いまに傑作を書く男ではないか、などと、もっともらしい口調で、間抜けた感慨を述べている。頭が、悪・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・改革の後も役夫・職人の輩はただちに国事にかかわることなく、議員の種族はいぜんたる旧の議員にして、ただこの改革ありしがために、早くすでに議員に戒心を抱かしめ、期せずしておのずから下等の人民を利したりという。 ゆえに政府たる者が人民の権を認・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・と云っておられるが、鴎外はこの佐橋の生涯の行きかた、それへの家康の忘れない戒心というものを、只、好みの人物という視点から扱ったのだろうか。 阿部彌一右衛門は、人間の性格的相剋を主従という封建の垣のうちに日夜まむきに犇めきとおして遂に、悲・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ それから芸術的に言って、最も戒心のいるのは、アララギ流の儀礼による作歌の場合です。 この三つの点を相互に縫って流れているものの間に、こんにちのアララギ歌人すべての課題がひそんでいると感じます。現代は、アララギがかつて現代短歌史にわ・・・ 宮本百合子 「歌集『仰日』の著者に」
・・・一人二人の校長の狂信めいた昨今のものの見かたそのものより、それは異常であるという事を当然忠告すべきであるのに、何となし淡白に云い出しかねさせる空気が社会にあることを重大に戒心しなくてはならないと思う。 もしそんな度はずれな思いつきが実現・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・によらなければならないとすれば、歴史小説における時空的な力の過度な評価ということは、益々戒心をもって省察されなければならなくなって来る。目前の事象の圧力が人間精神の自立性に対してそのように現われているとすれば、同時に現実は複雑だからそれへの・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・今日はその危険に対する自他ともの慎重な戒心が決して尠くてよい時期ではないのである。〔一九三七年十月〕 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・しかし、自然を教訓的に語るということには、やはり芸術家を戒心せしめる要素がある。 若い日のゲーテは、あのように活々と瑞々しく自然を感覚的に詩化した。老年に到って、社会生活の溌剌たる摩擦が身辺から次第に遠ざかり、彼に対する敬意から、誰も彼・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・ましてや、女が昨今のような社会の生産のために働いているとき、それと並んで女に対する封建的なあらあらしさが公然横行するとすれば、その何かの徴候として戒心されるべき社会的な意味があるのである。 六 社会への母心 去・・・ 宮本百合子 「私の感想」
出典:青空文庫