・・・睨まれると凄いような、にッこりされると戦いつきたいような、清しい可愛らしい重縁眼が少し催涙で、一の字眉を癪だというあんばいに釣り上げている。纈り腮をわざと突き出したほど上を仰き、左の牙歯が上唇を噛んでいるので、高い美しい鼻は高慢らしくも見え・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ たとえば海陸軍においても、軍艦に乗りて海上に戦い、馬に跨て兵隊を指揮するは、真に軍人の事にして、身みずから軍法に明らかにして実地の経験ある者に非ざれば、この任に堪えず。されども海陸軍、必ずしも軍人のみをもって支配すべからず。軍律の裁判・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・無条件にその夢に身を任せている女もあり、良心と戦いながらその夢を見ている女もありますが、どちらもこの夢の恋は platonique なのでございます。この platonisme が夢の美しいところで、それが無かったら、そう云う女は重婚をいた・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・振返って己の生涯を見れば、走って道が捗らず、勇を振って戦いに勝たれず、不幸があっても悲しくないし、幸福があっても嬉しくないし、意味の無い問には意味の無い答が出て来る。暗の閾から朧気な夢が浮んで、幸福は風のように捕え難い。そこで草臥た高慢の中・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・軍人は戦い、そして勝たなければならないという明瞭な目的によって貫かれている。居留民はそこにおける地位、財産を守ろうとする一致した目標をもってがんばっている。士卒は兵士としての絶対の避くべからざる任務に服している。その間へ、銃をとって絶対に戦・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・庄五郎は岐阜、関原の戦いに功のあったものである。忠利の兄与一郎忠隆の下についていたので、忠隆が慶長五年大阪で妻前田氏の早く落ち延びたために父の勘気を受け、入道休無となって流浪したとき、高野山や京都まで供をした。それを三斎が小倉へ呼び寄せて、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・思い出しても二方(新田義宗と義興の御手並み、さぞな高氏づらも身戦いをしたろうぞ。あの石浜で追い詰められた時いとう見苦しくあッてじゃ」「ほほ御主、その時の軍に出なされたか。耳よりな……語りなされよ」「かたり申そうぞ。ただし物語に紛れて・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・なく、停ると同時に早や次の運動が波立ち上り巻き返す――これは鵜飼の舟が矢のように下ってくる篝火の下で、演じられた光景を見たときも感じたことだが、一人のものが十二羽の鵜の首を縛った綱を握り、水流の波紋と闘いつつ、それぞれに競い合う本能的な力の・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・ 頭の上の菩提樹の古木の枝が、静かに朝風に戦いでいる。そして幾つともなく、小さい、冷たい花をフィンクの額に吹き落すのである。 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・一つの人格、一つの世相、一つの戦い、その秘められた核を私は一本の針で突き刺して見せる。その証拠は私の製作が示すだろう。 そして私は製作する。できたものをたとえばストリンドベルヒの作に比べてみる。何という鈍さと貧弱さだろう。私は差恥と絶望・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫