・・・ところが先生僕と比較すると初から利口であったねエ、二月ばかりも辛棒していたろうか、或日こんな馬鹿気たことは断然止うという動議を提出した、その議論は何も自からこんな思をして隠者になる必要はない自然と戦うよりか寧ろ世間と格闘しようじゃアないか、・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・そしてその地図に入間郡「小手指原久米川は古戦場なり太平記元弘三年五月十一日源平小手指原にて戦うこと一日がうちに三十余たび日暮れは平家三里退きて久米川に陣を取る明れば源氏久米川の陣へ押寄せると載せたるはこのあたりなるべし」と書きこんであるのを・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・婦人としては男子の圧迫と戦うために職業戦線に出なければならない有様である。婦人の自由の実力を握るための職業進出である。婦人は母性愛と家庭とをある程度まで犠牲としても、自分を保護し、自由を獲得しなければならない事情がある。これは結局は社会改革・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・人間は面白がって見物しているのに、犬は懸命の力を出して闘う。持主は自分の犬が勝つと喜び、負けると悲観する。でも、負けたって犬がやられるだけで、自分に怪我はない。利害関係のない者は、面白がって見物している。犬こそいい面の皮だ。・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・お前のように田舎にいて、さびしさと戦うのもいい修業じゃないか。」「しかし、僕はそれに耐えられるほど、まだほんとうに頭ができていない。」「だから、ときどき出て来るさ。番町の先生の話なぞもききに来るさ。」「そうだよ。」「読めるだ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・このコオトに敵を迎えて戦うならば、私は、ディドロ、サント・ブウヴほどの毒舌の大家にも、それほど醜い惨敗はしないだろうとも思われるけれど、私には学問が無いから、やっぱり負けるかも知れない。私には、あの人たちほどフランス語が話せない。そこに、そ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・けれども、この度の私の物語の主人公は、桜の花吹雪を浴びて闘うところだけは少し義家に似ているが、頗る弱い人物である。同一の志趣を抱懐しながら、人さまざま、日陰の道ばかり歩いて一生涯を費消する宿命もある。全く同じ方向を意図し、甲乙の無い努力を以・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・それに、その容貌が前にも言ったとおり、このうえもなく蛮カラなので、いよいよそれが好いコントラストをなして、あの顔で、どうしてああだろう、打ち見たところは、いかな猛獣とでも闘うというような風采と体格とを持っているのに……。これも造化の戯れの一・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・測られぬ風の力で底無き大洋をあおって地軸と戦う浜の嵐には、人間の弱い事、小さな事が名残もなく露われて、人の心は幽冥の境へ引寄せられ、こんな物も見るのだろうと思うた。 嵐は雨を添えて刻一刻につのる。波音は次第に近くなる。 室へ帰る時、・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・寒暖二様の空気と海水の相戦うこの辺の海上では、天気の変化もこんなに急なものかと驚かれるのであった。 海から近づいて行く函館の山腹の街の灯は、神戸よりもむしろ香港の夜を想わせる。それがそぼふる秋雨ににじんで、更にしっとりとした情趣を帯びて・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
出典:青空文庫