・・・従って夏目文学博士殿と宛名を書く方が本文よりも少し手数が掛った訳である。 しかし凡てこれらの手紙は受取る前から予期していなかったと同時に、受取ってもそれほど意外とも感じなかったものばかりである。ただ旧師マードック先生から同じくこの事件に・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・大へんな手数をしたよ。命がけで心配したよ。僕はお前のご恩はこれで払ったよ。少し払い過ぎた位かしらん。」と云いながら、野鼠はぷいっと行ってしまったのでした。 カン蛙は、野鼠の激昂のあんまりひどいのに、しばらくは呆れていましたが、なるほど考・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・雁の方がずっと柄がいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃えて、少し扁べったくなって、な・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・そいつはあんまり手数です。」「まあそうですね。しかしひばりのことなどはまあどうなろうと構わないではありませんか。全体ひばりというものは小さなもので、空をチーチクチーチク飛ぶだけのもんです。」「まあ、そうですね、それでいいでしょう。と・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・いずれにせよ、仙二はこの経験で、彼女を隣人として持つことは、どのような手数、心の重荷――厄介かということを知ったのであった。 青年団の寄合で、村会議員の清助に会った時、彼はざっくばらんに自分の意見を話した。「どんなもんだべ、俺、まだ・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ どうぞ召上って――法王 いろいろといかい御手数じゃ。 したがの、わしは今日はもう、せっかくじゃが、薬は、いらぬのじゃ。第二の若僧 どう遊ばしてでございます、 せっかく煎じて参りましたのに――法王 心尽しは、存じて居・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・桃子のそういう態度は大変怜悧なようで、その実自分の心持を見守る手数をどこかで省いているか、投げているかのように感じられるのである。 音楽も抜群であるし、絵をかかせればやはり目をひくだけの才気を示し、人の心の動きを理解する力も平凡ではない・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・一旦人に知られてから、役の方が地方勤めになったり何かして、死んだもののようにせられて、頭が禿げ掛かった後に東京へ戻されて、文学者として復活している。手数の掛かった履歴である。 木村が文芸欄を読んで不公平を感ずるのが、自利的であって、毀ら・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・床の間に並べ有之候御位牌三基は、某が奉公仕りし細川越中守忠興入道宗立三斎殿御事松向寺殿を始とし、同越中守忠利殿御事妙解院殿、同肥後守光尚殿御三方に候えば、御手数ながら粗略に不相成様、清浄なる火にて御焼滅下されたく、これまた頼入り候。某が相果・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・こう云う方法に従ったのは、単に手数を省こうとしたのではなかった。手を抜こうとしたのではなかった。私は当初から原文を素直に読んで、その時の感じを直写しようと思っていたのである。三 ファウストの訳本は最初高橋五郎君のが出た。次い・・・ 森鴎外 「不苦心談」
出典:青空文庫