・・・…… こう思いながら、内蔵助は眉をのべて、これも書見に倦んだのか、書物を伏せた膝の上へ、指で手習いをしていた吉田忠左衛門に、火鉢のこちらから声をかけた。「今日は余程暖いようですな。」「さようでございます。こうして居りましても、ど・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・に出る平野町の夜店で、一串二厘のドテ焼という豚のアブラ身の味噌煮きや、一つ五厘の野菜天婦羅を食べたりして、体に油をつけていましたが、私は新参だから夜店へも行かしてもらえず、夜は大戸を閉めおろした中で、手習いでした。おまけに朝は一番早く起され・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ おれもお前に貰って、見たが、版がわるい上に、紙も子供の手習いにも使えぬ粗末なもので、むろん黒の一色刷り、浪花節の寄席の広告でも、もう少し気の利いたのを使うと思われるような代物だった。余程熱心に読まねば判読しがたい、という点も勘定に入れ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 手習いの傍、徒士町の會田という漢学の先生に就いて素読を習いました。一番初めは孝経で、それは七歳の年でした。元来其頃は非常に何かが厳重で、何でも復習を了らないうちは一寸も遊ばせないという家の掟でしたから、毎日々々朝暗いうちに起きて、蝋燭・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・どうせお手習いでしたろうが、私は、ああいう気質の父がどんな漫画をかいたのであろうか、と大変興味があります。紙屑でも、北沢さんがもしまだお捨てになっていないのならいただきたいと考えております。伊東忠太氏が漫画をかかれます。練達とともに非常に或・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・ いちは起きて、手習いの清書をする半紙に、平がなで願書を書いた。父の命を助けて、その代わりに自分と妹のまつ、とく、弟の初五郎をおしおきにしていただきたい、実子でない長太郎だけはお許しくださるようにというだけの事ではあるが、どう書きつづっ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・ まず初めに手習い学問の勧めを説き、「年の若き時、夜を日になしても手習学文をすべし。学文なき人は理非をもわきまへ難し」と言っているが、ここで勧められているのは、文芸を初め諸種の技芸である。しかもその勧めは、前にあげた兼良の『小夜のねざめ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫