・・・ 私の頭も手足も正面に月の光りに照らされて凍てついた様にそこのそこまで白く見える。 私は自分を、静かな夜の中に昔栄えた廃園に、足を草に抱かれて立つ名工の手になった立像の様にも思い、 この霧もこの月も又この星の光りさえも、此の中に・・・ 宮本百合子 「秋霧」
・・・譬えばこれまで自由に動かすことの出来た手足が、ふいと動かなくなったような感じである。麻痺の感じである。麻痺は一部分の死である。死の息が始めてフランツの項に触れたのである。フランツは麻のようなブロンドな髪が一本一本逆に竪つような心持がして、何・・・ 森鴎外 「木精」
・・・が、張り切った死人の手足が縁に閊えて嵌らなかった。秋三は堅い柴を折るように、膝頭で安次の手足の関節をへし折った。そして、棺を立てると身体はごそりと音を立てて横さまに底へ辷った。 秋三は棺を一人で吊り上げてみた。「此奴、軽石みたいな奴・・・ 横光利一 「南北」
・・・そこには明白に首や手足が欠けているのである。すなわちそれは「断片」となっているのである。そうしてみると、胴体から引き離した首はそれ自身「人」の表現として立ち得るにかかわらず、首から離した胴体は断片に化するということになる。顔が人の存在にとっ・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫