・・・ 構造物の材料や構造物に対する検査の方法が完成していれば、たちの悪い請負師でも手を抜くすきがありそうもない。そういう検定方法は切実な要求さえあらばいくらでもできるはずであるのにそれが実際にはできていないとすれば、その責任の半分は無検定の・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・るための鞍にしてペダルは足を載せかつ踏みつけると回転するためのペダルなり、ハンドルはもっとも危険の道具にして、一度びこれを握るときは人目を眩せしむるに足る目勇しき働きをなすものなり かく漆桶を抜くがごとく自転悟を開きたる余は今例の監・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・髯の根をうんと抑えて、ぐいと抜くと、毛抜は下へ弾ね返り、顋は上へ反り返る。まるで器械のように見える。「あれは何日掛ったら抜けるだろう」と碌さんが圭さんに質問をかける。「一生懸命にやったら半日くらいで済むだろう」「そうは行くまい」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・とルーファスは革に釣る重き剣に手を懸けてするすると四五寸ばかり抜く。一座の視線は悉く二人の上に集まる。高き窓洩る夕日を脊に負う、二人の黒き姿の、この世の様とも思われぬ中に、抜きかけた剣のみが寒き光を放つ。この時ルーファスの次に座を占めたるウ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 四人は走って行って急いで丸太をくぐって外へ出ますと、二匹の馬はもう走るでもなく、どての外に立って草を口で引っぱって抜くようにしています。「そろそろど押えろよ。そろそろど。」と言いながら一郎は一ぴきのくつわについた札のところをしっか・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・どうでも今のうちに、この海に向いたほうへボーリングを入れて傷口をこさえて、ガスを抜くか熔岩を出させるかしなければならない。今すぐ二人で見に行こう。」二人はすぐにしたくして、サンムトリ行きの汽車に乗りました。六 サンムトリ火山・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・「妻としての愛情も、母としての役目も、それから科学も、等しく同列においてそのいずれからも手を抜くまいと覚悟していた。そうして熱情と意志をもって、彼女はそのことに成功したのである」 成功の冠は、一九〇四年、ピエールが四十五歳、マリヤが三十・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・特に女のひとは、どういうものか幸福、不幸という二つの漠然とした、しかも抜くことのできない観念を心のどこかに植えつけられている。そして、不幸になるまいと絶えず警戒しつつ、本体が何かということは自分の心にもはっきり感じられていない幸福を追ってい・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・の特徴的な相貌としては、云わば自然なそういう作家の変りかたにおいて、作家の変ることが語られているのではなくて、たとえばこれまではシャボテンであったがこれからは蘇鉄でなければならないと、銘仙から金糸でも抜くことのように云われ勝なところに、沢山・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・わたくしは剃刀を抜く時、手早く抜こう、まっすぐに抜こうというだけの用心はいたしましたが、どうも抜いた時の手ごたえは、今まで切れていなかった所を切ったように思われました。刃が外のほうへ向いていましたから、外のほうが切れたのでございましょう。わ・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫