・・・……私がついていますから、冷かしはしませんから、よく、お拝みなさいましよね。 ――さん。」「糸塚……初路さんか。糸塚は姓なのかね。」「いいえ、あら、そう……おじさんは、ご存じないわね。 ――糸塚さん、糸巻塚ともいうんですって・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・とうとう帰る時刻を後れてしまって、やむをえず、とてつもないところに突っ立って、なに知らぬ顔でいた。妙な男は独り、「おい、おい、電信柱さん、どうか下ろしてくれ。」と拝みながらいったが、もう電信柱は、声も出さなけりゃ、身動きもせんで、じっと・・・ 小川未明 「電信柱と妙な男」
・・・名にのみ聞きし石竜山の観音を今ぞ拝み奉ると、先ず境内に入りて足を駐めつ、打仰ぎて四辺を見るに、高さはおよそ三、四百尺もあるべく亙りは二町あまりもあるべき、いと大きなる一トつづきの巌の屏風なして聳え立ちたるその真下に、馬頭尊の御堂の古びたるが・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・「昼過ぎになったら、太陽を拝みにつれて行ってあげますからね」 そう言えばここは、この島の海岸の高いがけの間にあって暗い所でした。おまけに住宅は松の木陰になっていて、海さえ見えぬほどふさがっていました。「それからたくさんおもちゃを・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・どんぶりに、私を折り畳まずにそのままそっといれて、おなかが痛いみたいに左の手のひらを腹掛けに軽く押し当て、道を歩く時にも、電車に乗っている時にも、つまり銀行から家へと、その人はさっそく私を神棚にあげて拝みました。私の人生への門出は、このよう・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・わたくしも、そう言われて、はじめて、ああそうだったと気がついて、お恥ずかしい、わが子ながら、両手合せて拝みたいほどでございました。嘘、とはっきり知りながら、汽車に乗り、馬車に乗り、雪道歩いて、わたくしたち親子三人、信濃の奥まで、まいりました・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・家人、右の手のひらをひくい鼻の先に立てて片手拝みして、もうわかった。いつも同じ教材ゆえ、たいてい諳誦して居ります。お酒を呑めば血が出るし、この薬でもなかった日には、ぼくは、とうの昔に自殺している。でしょう? 私、答えて、うむ、わが論つたなく・・・ 太宰治 「創生記」
・・・いちど沈めば、ぐうとそれきり沈みきりに沈んで、まさに、それっきりのぱあ、浮ぶお姿、ひとりでもあったなら、拝みたいものだよ。われより若き素直の友に、この世のまことの悪を教えむものと、坐り直したときには、すでに、神の眼、ぴかと光りて御左手なるタ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・そんなに女房の喜ぶ顔を拝みたいのかね。君は、女房に惚れているな。女房は、君には、すぎたる逸物なんだろう。え? そうだろう?」そんなに、べらべら、しつこく、どろぼうに絡みついているわけは、どろぼうは、何も言わず、のこのこ机の傍にやって来て、ひ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・わたくしも、そう言われて、はじめて、ああそうだったと気がついて、お恥ずかしい、わが子ながら、両手合せて拝みたいほどでございました。嘘、とはっきり知りながら、汽車に乗り、馬車に乗り、雪道歩いて、わたくしたち親子三人、信濃の奥まで、まいりました・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫