・・・とも子 だってそんな寝棺を持ち込む以上は……花田 死骸になってここにはいる奴はこれだ。(といいながら、壁にかけられた石膏こいつに絵の具を塗っておまえの選んだ男の代わりに入れればいいんだよ。たとえば俺がおまえに選ばれたとするね。ほん・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ドラ嬢の父は元老院議官であったが、英国のセネートアの堂々たる生活ぶりから期待したとは打って変った見窶らしい生活が意に満たないで、不満のある度に一々英国公使に訴え、公使がまた一々取次いで外相井侯に苦情を持込むので、テオドラ嬢の父は事毎に外相か・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・――おそらく彼は生涯このわかりきったようで、しかも永久に解く事のできないなぞを墓の中まで持ち込むかもしれなかった。 彼の生活が次第次第に実世間と離れて行くのを自分でも感じていた。彼と世間を隔てている透明な隔壁が次第に厚くなるのを感じてい・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・という事実だけが正確でうそでなければ、それ以外の間違いについて新聞社に苦情を持ち込むほど物ずきな読者はまれであろうと思われる。真相が少しわかりかけるころには読者も記者ももうきれいに忘れているのであろう。 そうはいうものの、同じ事件に関す・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・しかしまたこの場合に、台所から一車もの食料品を持込むのはかなり気の引けることであった。 E君に青山の小宮君の留守宅の様子を見に行ってもらった。帰っての話によると、地震の時長男が二階に居たら書棚が倒れて出口をふさいだので心配した、それだけ・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・厳格な先生のところへ、そういう不届き千万な要求を持ち込むのだから心細い。しかられる覚悟をきめて勇気をふるって出かけて行ったが、先生は存外にこうしたわれわれの勝手な申しぶんをともかくも聞き取られた。しかしもちろんそんなことを問題にはされるはず・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・ ダーウィンの場合にでも試験用の肉片を現場に持ち込む前にその場所の空気がよごれていて、人間にはわからなくても鳥にはもうずっと前から肉のにおいか類似の他のにおいがしていて、それに慣らされ、その刺激に対して無感覚になっていたかもしれない。・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・この、物質界に行われる原理を、鉛を食う虫の場合の生理的現象に応用する訳には行かないし、いわんや人間の精神現象に持ち込むべき所由はもとよりない。それにもかかわらず「無駄を伴わない滓を出さない有益なものは一つもない」という言明は、どうも少なくも・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・貸夜具屋が病院からの電話で持込むところと想定してみる。突当りを右へ廻れば病院の門である。しかし車は突当りまで行って止った。そこの曲り角の処で荷物をほごしている。曲り角には家はないはずである。分からない。どう考えてもこの蒲団の行方は分からない・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・文学評価の中にへんに女っぽいことを持込む必要はないのです。女らしい女心、女の心ですから女心になりますけれども、同じことをいっても女の声は自然にソプラノになるのだから。女はまた女の持っている特殊な社会状態があるから男の知らない状態もたくさんあ・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
出典:青空文庫