・・・ と黄八丈が骨牌を捲ると、黒縮緬の坊さんが、紅い裏を翻然と翻して、「餓鬼め。」 と投げた。「うふ、うふ、うふ。」と平四郎の忍び笑が、歯茎を洩れて声に出る。「うふふ、うふふ、うふふふふふ。」「何じゃい。」と片手に猪口を・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・それ故私は旅館の寝床の毛布を引捲る時にはいつも嫌悪の情に身を顫わす。ここで昨夜は誰れが何をした。どんな不潔な忌わしい奴がこの蒲団の上に寝たであろう。私は人がよく後指さして厭がる醜い傴僂や疥癬掻や、その手の真黒な事から足や身体中はさぞかし・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・その心持も厭だし、春は我々こそと云うように、派手な色彩をまとった婦人達が、吹き捲る埃風に髪を乱し、白粉を汚し、支離滅裂な足許で街頭を横切る姿を見るのも楽でないことだ。京都など、そのように不作法な風が吹かないしほこりは立たないし――高台寺あた・・・ 宮本百合子 「塵埃、空、花」
出典:青空文庫