・・・ と、引立てるように、片手で杖を上げて、釣竿を撓めるがごとく松の梢をさした。「じゃがの。」 と頭を緩く横に掉って、「それをば渡ってはなりませぬぞ。……渡らずと、橋の詰をの、ちと後へ戻るようなれど、左へ取って、小高い処を上らっ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・何、黒山の中の赤帽で、そこに腕組をしつつ、うしろ向きに凭掛っていたが、宗吉が顔を出したのを、茶色のちょんぼり髯を生した小白い横顔で、じろりと撓めると、「上りは停電……下りは故障です。」 と、人の顔さえ見れば、返事はこう言うものと極め・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 主人は眉の根に、わざと深く皺を寄せて、鼻で撓めるように顔を向けた。「はてね。」「いや、とけておちたには違いはありませんがね――三島女郎衆の化粧の水などという、はじめから、そんな腥い話の出よう筈はありません。さきの御仁体でも知れ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・この二つの悩みのどっちをとってみても、きょうの若い女性がどんなにゆたかな進歩した人生を欲しているかという事実と、反対に、日本の社会の現実はまだなかなか若々しくどこまでも伸びようとする女性のねがいの枝を撓める状態におかれているという現実を語っ・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
出典:青空文庫