・・・ 宿はもと料理屋であったのを、改めて宿屋にしたそうで、二階の大広間と云うのは土地不相応に大きいものである。自分は病気療養のためしばらく滞在する積りだから、階下の七番と札のついた小さい室を借りていた。ちょっとした庭を控えて、庭と桑畑との境・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・ 大正二年革命の起ってより、支那人は清朝二百年の風俗を改めて、われわれと同じように欧米のものを採用してしまったので、今日の上海には三十余年のむかし、わたくしが目撃したような色彩の美は、最早や街路の上には存在していないのかも知れない。・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・従ってこの篇の如きも作者の随意に事実を前後したり、場合を創造したり、性格を書き直したりしてかなり小説に近いものに改めてしもうた。主意はこんな事が面白いから書いて見ようというので、マロリーが面白いからマロリーを紹介しようというのではない。その・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 吉田は、そう考えることによって、何かのいい方法を――今までにもう幾度か最後の手段に出た方がいい、と考えたにも拘らず、改めて又、――いい方法を、と、それが汗の中にでもあるように汗みどろになって、全速力で考え初めた。だが、汗は出たが、・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・他に何にも望みはないんだ。改めて献げるから、ねえ吉里さん、器用に受けて下さい」 善吉は注置きの猪口を飲み乾し、手酌でまた一杯飲み乾し、杯泉でよく洗ッて、「さア献げるよ。今日ッきりなんだ。いいかね、器用に受けて下さい」 吉里は猪口を受・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・故に前文を其まゝにして之を夫の方に差向け、万事妻を先にして自分を後にし、己れに手柄あるも之に誇らず、失策して妻に咎めらるゝとも之を争わず、速に過を改めて一身を慎しみ、或は妻に侮られても憤怒せずして唯恐縮謹慎す可し云々と、双方に向て同一様の教・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・西帰の後丹後におること三年、因って谷口氏を改めて与謝とす。彼は讃州に遊びしこともありけん、句集に見えたり。また厳島の句あるを見るにこの地の風情写し得て最も妙なり、空想の及ぶべきにあらず。蕪村あるいはここにも遊べるか。蕪村は読書を好み和漢の書・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ そこでカン蛙ははじめてルラ蛙といっしょになりほかの蛙も大へんそれからは心を改めてみんなよく働くようになりました。 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・私たちは改めてこのことについて学びたいと思っている。 こうして、各面で婦人の参加が積極的な、重大な意味をもって来るとき、日本の民法が主婦を、無能者ときめていることは、何たる愚かな滑稽であろう。その無能力者を、刑法では、そう認めず、処罰に・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ 四月十七日の朝、長十郎は衣服を改めて母の前に出て、はじめて殉死のことを明かして暇乞いをした。母は少しも驚かなかった。それは互いに口に出しては言わぬが、きょうは倅が切腹する日だと、母もとうから思っていたからである。もし切腹しないとで・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫