・・・ 永い間、十年近い間、耕吉の放埒から憂目をかけられ、その上三人の子まで産まされている細君は、今さら彼が郷里に引っこむ気になったという動機に対して、むしろ軽蔑の念を抱いていた。「あなたには他人への迷惑とか気の毒とかいう心持が、まるで解・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・お前は、生きている資格も無い放埒病の重患者に過ぎないではないか。それをまあ、義、だなんて。ぬすびとたけだけしいとは、この事だ。 それは、たしかに、盗人の三分の理にも似ているが、しかし、私の胸の奥の白絹に、何やらこまかい文字が一ぱいに書か・・・ 太宰治 「父」
・・・なんの意味も無く調べてみては、したり顔して、すましている。なんの放埒もなくなった。勇気も無い。たしかに、疑いもなく、これは耄碌の姿でないか。ご隠居の老爺、それと異るところが無い。 そうして、いまも、笠井さんは八が岳の威容を、ただ、うっと・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・衛にこの名誉職をゆずってやろうというたくらみもあり、次郎兵衛がこれからもますます馬のように暴れまわってくれたならそれだけ将来の火消し頭としての資格もそなわって来ることだという遠い見透しから、次郎兵衛の放埒も見て見ぬふりをしてやったわけであっ・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・妻の行ひ悪敷放埒なれば家を破る。万事倹にして費を作べからず。衣服飲食抔も身の分限に随ひ用ひて奢こと勿れ。 人の妻たる者が能く家を保ち万事倹にして費を作す可らず、衣服飲食なども身の分限に随て奢ること勿れと言う。人生家に居るの法にし・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
ある種の人々にとって、恋愛はそう大した人生の問題でなく感じられているかもしれない。あながち志壮なるが故にではなく、ごく古くからありふれた習俗の枠にはまった考えかたで、恋愛と青春の放埒と漠然混同し、その場その場で精神と肉体と・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
・・・金銭をめぐって煮え立ち、金持は無趣味で仰々しい厚顔の放埒に溺れ、金を持たぬものは、持たぬ金を更に失うことを恐れて、偽善的に「中庸」を守る俗人生活にくくりつけられた。オノレ・ド・バルザックはパリの屋根裏から昂然と太い頸をもたげ、南方フランス人・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 益軒の時代は、さっき触れたような商人擡頭の時代であって、歌舞、音曲、芝居なども流行をきわめ、上方あたりの成金の妻女は、あらゆる贅沢と放埒にふけった例もあった。西鶴の小説が語っているような有様であったから、近松の浄瑠璃が描き出しているよ・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
・・・結婚の自由ということは、人間としてのぞんでいる結婚を、本人たち以外のものの意志で邪魔されないでよい、ということであると同時に、いやな結婚を、はたの事情でさせられないでよい、ということである。放埒をしてよい、のではなくて、結婚という形式におけ・・・ 宮本百合子 「離婚について」
・・・と、車体と一緒に崖の下へ墜落して行く放埒な馬の腹が眼についた。そうして、人馬の悲鳴が高く一声発せられると、河原の上では、圧し重なった人と馬と板片との塊りが、沈黙したまま動かなかった。が、眼の大きな蠅は、今や完全に休まったその羽根に力を籠めて・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫