・・・行手を遮るものは主でも斃せ、闇吹き散らす鼻嵐を見よ。物凄き音の、物凄き人と馬の影を包んで、あっと見る睫の合わぬ間に過ぎ去るばかりじゃ。人か馬か形か影かと惑うな、只呪いその物の吼り狂うて行かんと欲する所に行く姿と思え。 ウィリアムは何里飛・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・風がパラパラパラと雨を葉に散らす。浅い池のような水の面に一つ、二つ、あとつづけてまた柿の花がこぼれる。一つの花からスーと波紋がひろがる。こちらの花からもスーと。二つの波紋がひょっと触り合って、とけ合って、一緒に前より大きくひろがって行く。水・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・その騒々しいなかでも、一旦或ることに注意をあつめたら最後、マーニャの気を外へ散らすということは、どんないたずら巧者の姉たちの腕にも叶うことでありませんでした。大テーブルに向って、両肱をついて両手を額に当て、まわりのうるささをふせぐために拇指・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・ 下帯一枚ではだしで道を歩く女達が太い声で、ごく聞きにくい土着の言葉を遠慮もなくどなり散らすのを聞くと知らず知らず仙二は頭が熱くなって来る様にさえ思った。 冬と春先のみじめな東北の人達はだれでも力のみちたはずむ様な夏をやたらに恋しが・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・山並の彼方から、憤りのようにムラムラと湧いた雲が、性急な馳足で鈍重な湖面を圧包むと、もう私共は真個に暗紅の火花を散らす稲妻を眺めながら、逆落しの大雨を痛い程体中に浴びなければなりません。其の驟雨は、いつも彼方にのっしりと居坐ったプロスペクト・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ ビュビュ・ドゥ・モンパルナッスより ――売笑婦になじみもあったがね、彼女等が愉快そうにして居るのは、それ、子供が怖ろしさをかくすために喚き散らすだろう、あれと同じなのだよ。 男の荒い掌 男の・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ そうするともう真暗になってしまう彼女は、訳も分らず叱りつけ、怒鳴りつけ、擲り散らす。 けれども、すぐ旋風が過ぎてしまうと、後には子供達に顔を見られるのも堪らないような気恥かしさが残るので、彼女は照れ隠しにわざとどこかへ喋りに飛び出・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ボルシェビキのソヴェト政権確立と、火花を散らす大変革がおこった当時、党指導部に参加していたり軍事委員の内部にあってプロレタリア革命の時々刻々の推移を見たという婦人作家は一人もいない。わずかに評論・報告集二冊をのこして一九二五年ごろ死んだラリ・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・それらの轍の下で青春を散らす悲惨を、ヴェデキントは、強烈な表現で訴えているのである。 フランスの文学がルナールの「にんじん」で私たちに語っているのは、親と子という血の近さではうずめられない大人と子供の世界の、無理解や思いちがいという程度・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・で、彼らは乗り気になって、自分がある事を言いたいからではなく読者がある事を聞きたがっているゆえに、その事をおもしろおかしくしゃべり散らす。純然たる幇間である。またある人はただ創作のためにのみ創作する。彼らの内には、生を高めようとする熱欲も、・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
出典:青空文庫