・・・私はすぐに気付いたのでした。 その後でした。私は撒布液のはいった、器械を手に握って、木の下に立っていると、うしろから、「お父さん、いくらしたってだめよ。集団との戦いですもの、負けるにきまってゝよ」と、娘が、笑ったのでした。 成程・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・渾天に散布された星の位置を覚えるのに、星の間を適当に直線で連ねていろいろの星座をこしらえる。それを一度覚えてしまえばいつ見てもそれだけの星がまとまって見えるし、これとだいたいに似た点の排列を見ればそれが実際にはかなりいびつになっていてもすぐ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ 火山から噴出した微塵が、高い気層に吹き上げられて高層に不断に吹いている風に乗って驚くべき遠距離に散布される事は珍しくない。クラカトア火山の爆破の時に飛ばされた塵は、世界中の各所に異常な夕陽の色を現わし、あるいは深夜の空に泛ぶ銀白色の雲・・・ 寺田寅彦 「塵埃と光」
ある入学試験の成績表について数学の点数と語学の点数の相関を調べてみたことがあった。各受験者のこの二学科の点数をXYとして図面にプロットしてみると、もちろん、点はかなり不規則に散布する。しかしだいたいからいえば、やはり X ・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・ 一秒時間に十八万六千マイルを走る光が一ヶ年かかって達する距離を単位にして測られるような莫大な距離をへだてて散布された天体の二つが偶然接近して新星の発現となる機会は、例えば釈迦の引いた譬喩の盲亀百年に一度大海から首を出して孔のあいた浮木・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・今かりにどれかの一枚を絶版にして、天下に撒布されたあらゆる標本を回収しそのただ一枚だけを残して他はことごとく焼いてしまったとしたら、その残った一枚は少なくも数百円、相手により場合によっては一万円でも買い手があるであろう。 一枚の五万分一・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・先ず何かしら大きな屏風の面に散布した色彩が期待に緊張した視線に打つかる。近くで見てはどうも全体の統一した感じが得られないと思って引下がって見ようとすると、その絵の前に立ちはだかった人々の群が邪魔になったりする。多くの場合にこの室の屏風からは・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・後者は、城山のふもとの橋のたもとに人の腕が真砂のように一面に散布していて、通行人の裾を引き止め足をつかんで歩かせない、これに会うとたいていはその場で死ぬというのである。もちろんもう「中学教育」を受けているそのころのわれわれはだれもそ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・芋の葉と形はよく似ているが葉脈があざやかな洋紅色に染められてその周囲に白い斑点が散布している。芋から見れば片輪者であり化け物であろうが人間が見るとやはり美しい。 ベコニア、レッキスの一種に、これが人間の顔なら焼けどの瘢痕かと思われるよう・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・我々の列車が、モスクワを出て三日目だのに既に十八時間遅れながら、社会主義連邦中枢よりのニュースを、シベリアのところどころに撒布しつつ進行しているわけである。 この『コンムーナ』は二十七日の分である。深い興味で隅から隅まで読んだ。丁度今こ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
出典:青空文庫