・・・弥陀を契ひに彼の世まで……結びし縁の数珠の緒を」という一ふしがある。 しかしすべての結合がこういった純真な悲劇で終わるとはもとより限らない。ある者はやむなく、ある者は苦々しく、またある者は人生の知恵から別れなければならないのである。有名・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・頭の中で離れ離れになってなんの連絡もなかったいろいろの場所がちょうど数珠の玉を糸に連ねるように、電車線路に貫ぬかれてつながり合って来るのがちょっとおもしろかった。 学校で教わったり書物を読んだりして得た知識もやはり離れ離れになりがちなも・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・が、彼はこんどはいきなり冷水をぶっかけられたように、ゾッとしはしたが千二百十三、千二百十四と、数珠をつまぐるように数え続けた。そして身動き一つ、睫毛一本動かさないで眠りを装った。 電燈がパッと、彼の瞼を明るく温めた。 再び彼の体を戦・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・赤や黄色で刷った絵草紙、タオル、木の盆、乾蕎麦や数珠を売っている。門を並べた宿坊の入口では、エプロンをかけた若い女が全く宿屋の女中然として松の樹の下を掃いたりしている。 参詣人の大群は、日和下駄をはき、真新しい白綿ネルの腰巻きをはためか・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・それらの人間らしかったドイツの人々の妻たちは未亡人の喪服の中でいたずらに数珠をつまぐっているだけだろうか。諸国を侵略したナチス軍が、占領地の愛国者たちをどう扱ったかということについては、世界がなまなましい無尽蔵の実証をもっている。ウクライナ・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・骨組みのたくましい、筋肉が一つびとつ肌の上から数えられるほど、脂肪の少い人で、牙彫の人形のような顔に笑みを湛えて、手に数珠を持っている。我が家を歩くような、慣れた歩きつきをして、親子のひそんでいるところへ進み寄った。そして親子の座席にしてい・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫