・・・まず詩歌管絃を興隆せしめ、以てすさみ切ったる人心を風雅の道にいざなうように工夫しなければいかん、と思いついた人もございますようで、おかげで私のようにほとんど世の中から忘れられ、捨てられていた老いぼれの文人もまた奇妙な春にめぐり合いました次第・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ 兄がいま尊敬している文人は、日本では荷風と潤一郎らしい。それから、支那のエッセイストたちの作品を愛読している。あすは、呉清源が、この家へ兄を訪ねてやって来るという。碁の話ではなく、いろいろ世相の事など、ゆっくり語り合う事になるらしい。・・・ 太宰治 「庭」
・・・現に生きて活動している文人にゆかりのある家をこういうふうにしてあたかも古人の遺跡のように仕立ててあるのもやはりちょっと珍しいような気がする。 天守台跡に上っているとどこかでからすの鳴いているのが「アベバ、アベバ」と聞こえる。こういうから・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・試みに西川一草亭一門の生けた花を見れば、いかに草と木と、花と花と、花と花器とのモンタージュの洗練されうるかを知ることができる。文人風や遠州好みの床飾りもやはりそうである。庭作りもまたそれである。かしこの山ここの川から選り集めた名園の一石一木・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・いったい日本人ぐらいいわゆる風景に対して関心をもつ国民が他にあるかどうか自分には疑わしい。文人画の元祖である中華民国でも、美術の本場であるフランスでも、一般人士の間にはたして日本の老幼男女に共通な意味でのよい景色を賞観する心持ちがあるかどう・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・ 一雄氏の解説も職業文人くさくない一種の自由さがあってなかなかおもしろく読まれる。八雲氏令孫の筆を染めたという書名題字もきわめて有効に本書の異彩を添えるものである。 小泉八雲というきわめて独自な詩人と彼の愛したわが日本の国土とを結び・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・官員ハ則黒帽銀、書生ハ則短衣高屐、兵隊ハ則洋服濶歩シ、文人ハ則瓢酒ニシテ逍遥ス。茶肆ノ婢女冶装妖飾、媚ヲ衒ヒ客ヲ呼ブ。而シテ樹下ニ露牀ヲ設ケ花間ニ氈席ヲ展ベ、酒ヲ煖メ盃ヲ侑ム。遊人嘔唖歌吹シ遅遅タル春日興ヲ追ヒ歓ヲ尽シテ、惟夕照ノ西ニ没シ鐘・・・ 永井荷風 「上野」
・・・〔梨花は淡白にして柳は深青柳絮飛時花満城 柳絮の飛ぶ時 花 城に満つ惆悵東欄一樹雪 惆悵す 東欄一樹の雪人生看得幾清明 人生 看るを得るは幾清明ぞ〕 何如璋は明治の儒者文人の間には重んぜられた人であったと見え・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・ 隅田川を書するに江戸の文人は多く墨水または墨江の文字を用いている。その拠るところは『伊勢物語』に墨多あるいは墨田の文字を用いているにあるという。また新にという字をつくったのは林家を再興した述斎であって、後に明治年間に至って成島柳北が頻・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・窃盗博徒、なおかつ然り、いわんや字を知る文人学者においてをや。国のためにもっとも悲しむべき事なり。この一段にいたりては、政府の人においても、学者の仲間においても、いやしくも愛国の念あらん者なれば、私情をさりてこれを考え、心の底にこれを愉快な・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
出典:青空文庫