・・・一般に科学というものを知らなかった上古の人間も学としての形態の充分ととのっていない支那や日本の諸子百家の教えも、また文字なき田夫野人の世渡りの法にも倫理的関心と探究と実践とはある。しかし現代に生を享けて、しかも学徒としての境遇におかれたイン・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・民族間の戦争を誡め、平和を説いたものであるが、文字に書かれた、恐らく最古のものであろう。旧約にはいっている。しかし、そういう昔のことにまでかゝずらっているヒマがない。近代文学には、明かに、戦争反対の意図を以て書かれたものを相当拾い上げること・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・或る一人が他の一人を窘めようと思って、非常に字引を調べて――勿論平常から字引をよく調べる男でしたが、文字の成立まで調べて置いて、そして敵が講じ了るのを待ち兼ねて、難問の箭を放ちました。何様も十分調べて置いてシツッコク文字論をするので講者は大・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・而して単に其文字から言っても、漢文の趣味の十分に解せられない今日に於て、多数人士の愛読する所とならぬは当然である。先生「一年有半」中に、 夫文人の苦心は古人の後に生れ古人開拓の田地の外、別に播種し別に刈穫せんと慾する所の処に存す。韓・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・として、朝鮮文字のような字体で、「オン、ア、ラ、ハ、シャ、ナウ」と書かれている。「オン、ア、ラ、ハ………………。」 俺は二三度その文句を口の中で繰りかえしている。 却々スラ/\と云えない。然しそれを繰りかえしているうちに、俺は久・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・揚げたトドの詰りを秋子は見届けしからば御免と山水と申す長者のもとへ一応の照会もなく引き取られしより俊雄は瓦斯を離れた風船乗り天を仰いで吹っかける冷酒五臓六腑へ浸み渡りたり それつらつらいろは四十七文字を按ずるに、こちゃ登り詰めたるやまけ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・それは十二文豪の一篇として書いたものだが、すっかり書き終らなかったもので、丁度病中に細君が私の処へその原稿を持って来て、これを纏めて呉れないかという話があって、その断片的な草稿を文字の足りない処を書き足して、一冊の本に纏めたという縁故もあり・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
文字を読みながら、そこに表現されてある音響が、いつまでも耳にこびりついて、離れないことがあるだろう。高等学校の頃に、次のような事を教えられた。マクベスであったか、ほかの芝居であったか、しらべてみれば、すぐ判るが、いまは、も・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・ 普通の白地に黒インキで印刷した文字もあった。大概やっと一字、せいぜいで二字くらいしか読めない。それを拾って読んでみると例えば「一同」「円」などはいいが「盪」などという妙な文字も現われている。それが何かの意味の深い謎ででもあるような気が・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・ 南郭龍門の二家は不忍池の文字の雅馴ならざるを嫌って其作中には之を篠池と書している。星巌及び其社中の詩人は蓮塘と書し又杭州の西湖に擬して小西湖と呼んだ。星巌が不忍池十詠の中霽雪を賦して「天公調二玉粉一。装飾小西湖。」と言っているが如きは・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫