・・・―議論が思わず岐路へそれた――妾宅の主人たる珍々先生はかくの如くに社会の輿論の極端にも厳格枯淡偏狭単一なるに反して、これはまた極端に、凡そ売色という一切の行動には何ともいえない悲壮の神秘が潜んでいると断言しているのである。冬の闇夜に悪病を負・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・この音楽があったために倉続きの横町の景色が生きて来たものか、あるいは横町の景色が自分の空想を刺戟していたために長唄がかくも心持よく聞かれたのか、今ではいずれとも断言する事はできない。真正の音楽狂はワグネルの音楽をばオペラの舞台的装置を取除い・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・彼は殺すと口には断言した。然し彼の意識しない愛惜と不安とが対手に愁訴するように其声を顫わせた。殺すなといえばすぐ心が落ち付いて唯其犬が不便になったのである。然し対手は太十の心には無頓着である。「おっつあん殺すのか」 斯ういう不謹慎な・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・しようとあせる結果、また学者の常態として冷然たる傍観者の地位に立つ場合が多いため、ただ形式だけの統一で中味の統一にも何にもならない纏め方をして得意になる事も少なくないのは争うべからざる事実であると私は断言したいのです。 冷然たる傍観者の・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・より多く卑近なる目的を以て、文芸の産出家に対して、個々別々の便宜を、その作物上の評価に応じて、零細にかつ随時に与えようとするならば、余はその効果の比較的少きに反して、その弊害の思ったよりも大いなる事を断言するに憚らぬものである。 我々は・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・我輩は人間の天性に訴えて叶わぬことゝ断言するものなり。一 嫉妬の心努ゆめゆめ発すべからず。男婬乱なれば諫べし。怒怨べからず。妬甚しければ其気色言葉も恐敷冷して、却て夫に疏れ見限らるゝ物なり。若し夫不義過あらば我色を和らげ声を雅に・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・この雑誌では例の基督教的に何でも断言して了う。たとえば、此世は神様が作ったのだとか、やれ何だとか、平気で「断言」して憚らない。その態度が私の癪に触る。……よくも考えないで生意気が云えたもんだ。儚い自分、はかない制限された頭脳で、よくも己惚れ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・但だ、自分が其の間に種々と考えて見ると、一体、自分の立てた標準に法って翻訳することは、必ずしも出来ぬと断言はされぬかも知れぬが、少くとも自分に取っては六ヶ敷いやり方であると思った。何故というに、第一自分には日本の文章がよく書けない、日本の文・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・と、ソヴェトの社会主義なんかは「インチキ」といわれました。どんな客観的理由も説明せず、三十年間の社会主義社会建設の歴史をもって今日に来ている人民の社会を、「インチキ」と断言したことに対して、デマゴギストという印象を与えられなかった人はないで・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・そして日本の婦人は誰もが自由にかつえているばかりでなく、愛情にも飢えていると断言した。 私は、こうした着眼点を知って、徳田さんの人間的感覚に改めて注目した。徳田さんの意味する愛情は、女対男の限られた範囲のものではなく、女の生活全面に配ら・・・ 宮本百合子 「熱き茶色」
出典:青空文庫