・・・松岡の手紙によると、新思潮は新潟県にまじめな読者をかなり持っているそうだ。そうしてその人たちの中には、創作に志している青年も多いそうだ。ひとり新思潮のためのみならず、日本のためにも、そういう人たちの多くなることを祈りたい。もし同人のうぬぼれ・・・ 芥川竜之介 「校正後に」
・・・ この麻利耶観音は、私の手にはいる以前、新潟県のある町の稲見と云う素封家にあったのです。勿論骨董としてあったのではなく、一家の繁栄を祈るべき宗門神としてあったのですが。 その稲見の当主と云うのは、ちょうど私と同期の法学士で、これ・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・ちょうど母が歿くなる前年、店の商用を抱えた私は、――御承知の通り私の店は綿糸の方をやっていますから、新潟界隈を廻って歩きましたが、その時田原町の母の家の隣に住んでいた袋物屋と、一つ汽車に乗り合せたのです。それが問わず語りに話した所では、母は・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・ ――今年余寒の頃、雪の中を、里見、志賀の両氏が旅して、新潟の鍋茶屋などと併び称せらるる、この土地、第一流の割烹で一酌し、場所をかえて、美人に接した。その美人たちが、河上の、うぐい亭へお立寄り遊ばしたか、と聞いて、その方が、なお、お・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 予は新潟からここへくる二日前に、此の柏崎在なる渋川の所へ手紙を出して置いた。云ってやった通りに渋川が来るならば、明日の十時頃にはここへ来られる都合だが、こんな訳ならば、云うてやらねばよかったにと腹に思いながら、とにかく座蒲団へ胡坐をか・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ この頃好景気のある船会社の船長の細君は、外米は鶏の餌に呉れてやっている、これは最も簡単な方法だが誰れにでも出来る方法ではない。新潟では米を家畜の飼料にしたというが、勿体ない話だが、新潟の農民が自分の田で作った米と、私の地方の農民が、金・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・売店で、かず枝はモダン日本の探偵小説特輯号を買い、嘉七は、ウイスキイの小瓶を買った。新潟行、十時半の汽車に乗りこんだ。 向い合って席に落ちついてから、ふたりはかすかに笑った。「ね、あたし、こんな恰好をして、おばさん変に思わないかしら・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・その前年の秋、私は新潟へ行き、ついでに佐渡へも行ってみたが、裏日本の草木の緑はたいへん淡く、土は白っぽくカサカサ乾いて、陽の光さえ微弱に感ぜられて、やりきれなく心細かったのだが、いま眼前に見るこの平野も、それと全く同じであった。私はここに生・・・ 太宰治 「帰去来」
おけさ丸。総噸数、四百八十八噸。旅客定員、一等、二十名。二等、七十七名。三等、三百二名。賃銀、一等、三円五十銭。二等、二円五十銭。三等、一円五十銭。粁程、六十三粁。新潟出帆、午後二時。佐渡夷着、午後四時四十五分の予定。速力・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・私は、いま新潟の旅館に居ります。一流の旅館のようであります。いま私の居る此の部屋も、この旅館で一番いい部屋のようであります。私は、東京の名士の扱いを受けて居ります。私は、きょうの午後一時から、新潟の高等学校で、二時間ちかくの演説をしました。・・・ 太宰治 「みみずく通信」
出典:青空文庫