・・・ですから彼は帰朝すると間もなく、親の代から住んでいる両国百本杭の近くの邸宅に、気の利いた西洋風の書斎を新築して、かなり贅沢な暮しをしていました。「私はこう云っている中にも、向うの銅板画の一枚を見るように、その部屋の有様が歴々と眼の前へ浮・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・別館、あるいは新築と称して、湯宿一軒に西洋づくりの一部は、なくてはならないようにしている盛場でありながら。「お邪魔をしました。」「よう、おいで。」 また、おかしな事がある。……くどいと不可い。道具だてはしないが、硝子戸を引きめぐ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・「旅籠屋だ。新築でがしてな、まんずこの辺では彼店だね。まだ、旦那、昨日はその上に、はい鯉を一尾買入れたでなあ。」「其処へ、つけておくれ、昼食に……」 ――この旅籠屋は深切であった。「鱒がありますね。」 と心得たもので、・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ 沼南が今の邸宅を新築した頃、偶然訪問して「大層立派な御普請が出来ました、」と挨拶すると、沼南は苦笑いして、「この家も建築中から抵当に入ってるんです」といった。何の必要もないのにそういう世帯の繰廻しを誰にでも吹聴するのが沼南の一癖であっ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・それから老爺しきりと八幡の新築の立派なことなんかしゃべっているから、僕は聴きながら考えた、この画はともかくもわがためには紀念すべきものである、そして、この老爺もわがためには紀念すべき人である、だからこの画をこの老爺にくれてやって八幡に奉納さ・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・見ると或地方で小学校新築落成式を挙げし当日、廊の欄が倒れて四五十人の児童庭に顛落し重傷者二名、軽傷者三十名との珍事の報道である。「大変ですね。どうしたと言うんでしょう?」「だから私が言わんことじゃあない。その通りだ、安普請をするとそ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・森さんは太郎より七八歳ほども年長な友だちで、太郎が四年の農事見習いから新築の家の工事まで、ほとんどいっさいの世話をしてくれたのもこの人だ。 郷里に帰るものの習いで、私は村の人たちや子供たちの物見高い目を避けたかった。今だに古い駅路のなご・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・、家族も共について歩いて、亡父が仙台の某中学校の校長になって三年目に病歿したので、津島は老母の里心を察し、亡父の遺産のほとんど全部を気前よく投じて、現在のこの武蔵野の一角に、八畳、六畳、四畳半、三畳の新築の文化住宅みたいなものを買い、自分は・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・夜に大学へ行き、朝には京王線の新築された小さい停車場の、助役さんの肩書で、べんとう持って出掛けます。この助役さんは貴方へ一週間にいちどずつ、親兄弟にも言わぬ大事のことがらを申し述べて、そうして、四週間に一度ずつ、下女のように、ごみっぽい字で・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私は、兄の家から三町ほど離れた新築の下宿屋の、奥の一室を借りて住んだ。たとい親身の兄弟でも、同じ屋根の下に住んで居れば、気まずい事も起るものだ、と二人とも口に出しては言わないが、そんなお互の遠慮が無言の裡に首肯せられて、私たちは同じ町内では・・・ 太宰治 「東京八景」
出典:青空文庫