・・・「それは、ある日本人が欧羅巴へ旅行に出かけるんです。英国、仏蘭西、独逸とずいぶんながいごったごたした旅行を続けておしまいにウィーンへやって来る。そして着いた夜あるホテルへ泊まるんですが、夜中にふと眼をさましてそれからすぐ寝つけないで、深・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 綱雄といえば旅行先から、帰りがけにここへ立ち寄ると言ってよこしたが、お前はさぞ嬉しかろうなとからかい出す善平、またそのようなことを、もう私は存じませぬ、と光代はくるりと背後を向いて娘らしく怒りぬ。 善平は笑いながら、や、しかし綱雄・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・これだから二人が喧嘩を為ないで一ヶ月以上も旅行が出来たのだと大友は思った。 三人とも愉快に談じ酒も相当に利いて十一時に及ぶと、朝田、神崎は自室に引上げた、大友は頭を冷す積りで外に出た。月は中天に昇っている。恰度前年お正と共に散歩した晩と・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・高くは聖書のように、自分の体験した人間のたましいの深部をあまねく人類に宣伝的に感染させようとしたものから、哲学的の思索、科学的の研究、芸文的の制作、厚生実地上の試験から、近くは旅行記や、現地報告の類にいたるまで、ことごとく他人の心身の労作に・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・そこでまた、国外から国内へ持ちこむこともできなかった。旅行者は、国境で円をルーブルに交換して行く、そして国外へ出る時には、ルーブルを円に交換してもらう。それは、一ルーブルが一円四銭の割合で交換された。ところが、ある時、深沢は、一ルーブル二十・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・かけてお恰好の紅絹と解きますよ、というから、その心はと聞いたら、地が透いて赤く見えますと云って笑い転げたが、そう云われたッて腹も立てないような年になって、こんなことを云い出しちゃあ可笑いが、難儀をした旅行の談と同じことで、今のことじゃあ無い・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・と言って、ある旅行者に笑われたこともある。でも私は国を出るころから思い立っていた著作の一つだけは、どうにかしてそれを書きあげたいと思ったが、とうとう草稿の半ばで筆を投げてしまった。国への通信を送るぐらいが精いっぱいの仕事であった。それに国と・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・弱く狼狽して、いや何処ということもないんだけど、君たちも、行かないかね、と心にも無い勧誘がふいと口から辷り出て、それからは騎虎の勢で、僕にね、五十円あるんだ、故郷の姉から貰ったのさ、これから、みんなで旅行に出ようよ、なに、仕度なんか要らない・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ チルナウエルは地図、旅行案内、紹介状、旅行券を受け取った。紹介状はどこで誰に渡せと云うことを、一々はっきり言い附けられた。そして少からぬ金額を旅費として受け取った。最後に暇乞をしようとした時、名所記類を一山授けた。ポルジイは頭痛に病み・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・これに引きかえて、発戸河岸の松原あたりは、実際行ってみて知っているので、その地方を旅行した人たちからよくほめられた。 刀根川の土手の上の草花の名をならべた一章、これを見ると、いかにも作者は植物通らしいが、これは『日記』に書いてあるままを・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
出典:青空文庫