・・・かつて何人も実験せずまた将来も実現する事のありそうもない抽象的な条件の下に行なわるべき現象の推移を、既知の方則から推定し、それからさらに他の方則に到達するような筋道は、あるいは小説以上に架空的なものとも言われぬ事はない。ただ小説の場合には方・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・ つまり各部門においては現在既知の知識の終点を究め、同時に未来の進路に対して適当の指針を与え得るものが先ず理想的の権威と称すべきものではあるまいか。 現在既知の科学的知識を少しの遺漏もなく知悉するという事が実際に言葉通りに可能である・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・ 先ず従来の既知方則の普遍なる事を仮定せば、すべての主要条件が与えらるれば結果は定まると考えらる。しかしながら実際の自然現象を予報せんとする場合に、この現象を定むべき主要条件を遺漏なく分析する事は必ずしも容易ならず。故に各種原因の重要の・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・どんな瑣末な科学的知識でも、その背後には必ずいろいろな既知の方則が普遍的な背景として控えており、またその上に数限りもない未知の問題の胚芽が必ず含まれているのである。それで一見いわゆるはなはだしく末梢的な知識の煩瑣な解説でも、その書き方とまた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・自分が色めがねをかけているかいないかを確かめるためには、さらに翻って既知の自然を省みまた大いに疑わなければならぬ事はもちろんである。 疑わぬ人ははなはだ多い。欠レ知のはなはだしきものでまた無知のはなはだしきものである。雨の降る日は天気が・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・科学者が既知の方則を材料として演繹的にこのような実験を行って一つの新しい原理などを構成すると同様に、南画家はまた一種の実験を行ってそこに一つの新しい芸術的の世界を構成し現出せしめるのである。画としての生命はむしろここにあるのであるまいか。科・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・それが事実は特に人造石とゴムとの組み合わせによって特別な現象が起こるのであるから、これは必ずしも既知の単純なリュブリケーションの問題として不問に付することはできないように見える。これも一つのまじめな研究題目とすればなりうるであろうし、これを・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・ともかくも世界じゅうの化け物たちの系図調べをする事によって古代民族間の交渉を探知する一つの手掛かりとなりうる事はむしろ既知の事実である。そうして言論や文字や美術品を手掛かりとするこれと同様な研究よりもいっそう有力でありうる見込みがあ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・ちょうど科学者がある実験を想像してその経過を既知の方則で導いて行くと同じように、作者は先ずある人間とその環境とを想定して、作者の把えていると信ずる一種の方則に照らして事件の推移を追究して行くのである。ただこの場合に科学の場合とちがうのは、そ・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・仮りに周囲や天体の荷電や付磁がことごとく恒同で既知であっても事柄は複雑であるのに、いわんやこれら相互の位置状態の変化から生ずる相互の影響を考えなければならぬとなればいよいよ面倒な事になってしまう。もしもこれらの影響が収斂級数を作らなかったな・・・ 寺田寅彦 「方則について」
出典:青空文庫