・・・ 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。真っ昼間六区へ出かけたんだ。――」「すると活動写真の中にでもい合せたのか?」 今度はわたしが先くぐりをした。「活動写真ならばまだ好いが、メリイ・ゴ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
一 僕はふと旧友だった彼のことを思い出した。彼の名前などは言わずとも好い。彼は叔父さんの家を出てから、本郷のある印刷屋の二階の六畳に間借りをしていた。階下の輪転機のまわり出す度にちょうど小蒸汽の船室の・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・けれども忽ち彼の顔に、――就中彼の薄い眉毛に旧友の一人を思い出した。「やあ、君か。そうそう、君は湖南の産だったっけね。」「うん、ここに開業している。」 譚永年は僕と同期に一高から東大の医科へはいった留学生中の才人だった。「き・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・…… そのうちにふと出合ったのは高等学校以来の旧友だった。この応用化学の大学教授は大きい中折れ鞄を抱え、片目だけまっ赤に血を流していた。「どうした、君の目は?」「これか? これは唯の結膜炎さ」 僕はふと十四五年以来、いつも親・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・その日私は学校に居りますと、突然旧友の一人が訪ねて参りましたので、幸い午後からは授業の時間もございませんから、一しょに学校を出て、駿河台下のあるカッフェへ飯を食いに参りました。駿河台下には、御承知の通りあの四つ辻の近くに、大時計が一つござい・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
ある冬の夜、私は旧友の村上と一しょに、銀座通りを歩いていた。「この間千枝子から手紙が来たっけ。君にもよろしくと云う事だった。」 村上はふと思い出したように、今は佐世保に住んでいる妹の消息を話題にした。「千枝子さ・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・ こう、小北と姓を言うと、学生で、故郷の旧友のようであるが、そうでない。これは平吉……平さんと言うが早解り。織次の亡き親父と同じ夥間の職人である。 此処からはもう近い。この柳の通筋を突当りに、真蒼な山がある。それへ向って二町ばかり、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・二人は蚊帳の外で、暫く東京なる旧友の噂をする、それも一通りの消息を語るに過ぎなかった。「君疲れたろう、寝んでくれ給え」岡村はそういって、宿屋の帳附けが旅客の姓名を宿帳へ記入し、跡でお愛想に少許り世間話をして立去るような調子に去って終った。・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・哀れな旧友をモデルにしようとしている残酷さは、ふといやらしかったが。しかしやがて横堀がポツリポツリ語りだした話を聴いているうちに、私の頭の中には次第に一つの小説が作りあげられて行った。六 中支からの復員の順位は抽籤できまった・・・ 織田作之助 「世相」
・・・司会をした仏蘭西文学研究会のT・IはH・Kの旧友だった。二人ともよく飲んだ。話がたまたま昔話に移った。「あの時は君は……」H・KはいきなりT・Iにだきついて、泣きだした。T・Iも「K君、よく来てくれた。おれは会いたかったよ」と泣いた。速記者・・・ 織田作之助 「中毒」
出典:青空文庫