・・・辱められ、踏みにじられ、揚句の果にその身の恥をのめのめと明るみに曝されて、それでもやはり唖のように黙っていなければならないのだから。私は万一そうなったら、たとい死んでも死にきれない。いやいや、あの人は必ず、来る。私はこの間別れ際に、あの人の・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・彼は、ここまで思案をめぐらした時に、始めて、明るみへ出たような心もちがした。そうして、それと同時に今までに覚えなかったある悲しみが、おのずからその心もちを曇らせようとするのが、感じられた。「皆御家のためじゃ。」――そう云う彼の決心の中には、・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・事が、どうやら勢がなく、弱々しく聞えたと思うと、挙動は早く褄を軽く急いだが、裾をはらりと、長襦袢の艶なのが、すらすらと横歩きして、半襟も、色白な横顔も、少し俯向けるように、納戸から出て来たのが、ぱっと明るみへ立つと、肩から袖が悄れて見えて、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・又それは、明るみを歩む人間に、常に暗い影が伴い、喜びの裡に悲しみの潜むのと同じである。しかし悲しみの中にも来るべき喜びの萌しのあるのも勿論だ。 人間は苦悩に遭遇した時、「いつこの悩みから逃れられるのか?」と、恰もそれが永久に負わされた悩・・・ 小川未明 「波の如く去来す」
・・・港の方は、ほんのりとして、人なつかしい明るみを空の色にたたえていたけれど、盲目の弟には、それを望むこともできませんでした。 ただ、おりおり、生温かな風が沖の方から、闇のうちを旅してくるたびに、姉の帰るのを待っている弟の顔に当たりました。・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・モグラモチのように蠢きながらも生きて行かねばならぬ、罪業の重さに打わなきながらも明るみを求めて自棄してはならぬ――こういった彼の心持の真実は自分にもよくわかる気がする。といって自分のあの作が、それだけの感動に値いするものだとはけっして考えは・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・海は暮れかけていたが、その方はまだ明るみが残っていた。 しばらくすると少年達もそれに気がついた。彼は心の中で喜んだ。「四十九」「ああ。四十九」 そんなことを言いあいながら、一度あがって次あがるまでの時間を数えている。彼はそれ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・それは突然その家の前の明るみのなかへ姿を現わしたのだった。男は明るみを背にしてだんだん闇のなかへはいって行ってしまった。私はそれを一種異様な感動を持って眺めていた。それは、あらわに言ってみれば、「自分もしばらくすればあの男のように闇のなかへ・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・けれども彼女が根本からの治療を受けるために自分の身体を医者に診せることだけは避け避けしたのは、旦那の恥を明るみへ持出すに忍びなかったからで。見ず知らずの女達から旦那を通して伝染させられたような病毒のために、いつか自分の命の根まで噛まれる日の・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・私は、ちゃんと、それを知っていますから、こうして縁側の明るみに出されて、恥ずかしいはだかの姿を、西に向け東に向け、さんざ、いじくり廻されても、かえって神様に祈るような静かな落ちついた気持になり、どんなに安心のことか。私は、立ったまま軽く眼を・・・ 太宰治 「皮膚と心」
出典:青空文庫