・・・雨は小休なく降り続けていた。昼餉の煙が重く地面の上を這っていた。 彼れはむしゃくしゃしながら馬力を引ぱって小屋の方に帰って行った。だらしなく降りつづける雨に草木も土もふやけ切って、空までがぽとりと地面の上に落ちて来そうにだらけていた。面・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・クサカも次第に別荘の人の顔を覚えて、昼食の前半時間位の時になると、木立の間から顔を出して、友情を持った目で座敷の方を見るようになった。その内高等女学校に入学して居るレリヤという娘、これは初めて犬に出会った娘であったが、この娘がいよいよクサカ・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・「其処へ、つけておくれ、昼食に……」 ――この旅籠屋は深切であった。「鱒がありますね。」 と心得たもので、「照焼にして下さい。それから酒は罎詰のがあったらもらいたい、なりたけいいのを。」 束髪に結った、丸ぽちゃなのが・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ しかし、昼食の後、タエは、女達の休んでいるカタマリの中にいなかった。彼は、それを見つけた。急に心臓がドキドキ鳴りだした。彼は、それを押えながら、石がボロボロころげて来る斜坑を這い上った。 六百尺の、エジプトのスフィンクスの洞窟のよ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ おのずからなる石の文理の尉姥鶴亀なんどのように見ゆるよしにて名高き高砂石といえるは、荒川のここの村に添いて流るるあたりの岸にありと聞きたれば、昼餉食べにとて立寄りたる家の老媼をとらえて問い質すに、この村今は赤痢にかかるもの多ければ、年・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・贄川は後に山を負い前に川を控えたる寂びたる村なれど、家数もやや多くて、蚕の糸ひく車の音の路行く我らを送り迎えするなど、住まば住み心よかるべく思わるるところなり。昼食しながらさまざまの事を問うに、去年の冬は近き山にて熊を獲りたりと聞き、寒月子・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・とある家に入りて昼餉たべけるに羹の内に蕈あり。椎茸に似て香なく色薄し。されど味のわろからぬまま喰い尽しけるに、半里ほど歩むとやがて腹痛むこと大方ならず、涙を浮べて道ばたの草を蓐にすれど、路上坐禅を学ぶにもあらず、かえって跋提河の釈迦にちかし・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・昼は昼食、夜は一泊、行くさきざきの縁故のある寺でそれを願って行って、西は遠く長崎の果までも旅したという。その足での帰りがけに、以前の小竹の店へも訪ねて来たことがある。その頃はお三輪の母親もまだ達者、彼女とても女のさかりの年頃であったから、何・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ここでは、十五銭でかなりの昼食が得られるのである。一丁ほどの長さであった。 ――われは盗賊。希代のすね者。かつて芸術家は人を殺さぬ。かつて芸術家はものを盗まぬ。おのれ。ちゃちな小利巧の仲間。 大学生たちをどんどん押しのけ、ようやく食・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ 私たちは中畑さんのお家で昼食をごちそうになりながら、母の容態をくわしく知らされた。ほとんど危篤の状態らしい。「よく来て下さいました。」中畑さんは、かえって私たちにお礼を言った。「いつ来るか、いつ来るかと気が気じゃなかった。とにかく・・・ 太宰治 「故郷」
出典:青空文庫