・・・西洋人の唱かようにして美的理想を自然物の関係で実現しようとするものは山水専門の画家になったり、天地の景物を咏ずる事を好む支那詩人もしくは日本の俳句家のようなものになります。それからまた、この美的理想を人物の関係において実現しようとすると、美・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・塔中四辺の風致景物を今少し精細に写す方が読者に塔その物を紹介してその地を踏ましむる思いを自然に引き起させる上において必要な条件とは気がついているが、何分かかる文を草する目的で遊覧した訳ではないし、かつ年月が経過しているから判然たる景色が・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・その句また 尾張より東武に下る時牡丹蘂深くわけ出る蜂の名残かな 芭蕉 桃隣新宅自画自讃寒からぬ露や牡丹の花の蜜 同等のごとき、前者はただ季の景物として牡丹を用い、後者は牡丹を詠じてきわめて拙きものなり。蕪・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・自然の景物が黒と白との二色にしか感じられていないという自覚は。それで一層気をつけてみると、そうやって、しおたれ浴衣を着た私は空が燦々した真夏の青空であることを理解し、青桐の葉がふっさりとした緑であることも知ってはいる。誰か人がいて、この空は・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・今も恐るべき単調さで降りしきって居る雨が晴れたら、地上はきっともう秋に成って居りますでしょう、雨が好きな私も、毎日毎日同じ水気と灰色とで溺れたような景物を眺め暮すのは、少し飽き飽きした心持が致します。―― C先生。 もう三時間許り前・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ナポリの、多彩な、陽気な、歌ずきで騒々しい、花と景物にあふれた市場の賑いを描くとき、私どもは決して、ノールウェイの荒涼としたフョールドを描写する感情で描写することはできない。そしてまた、フョールドばかりを眺めて育った人がナポリに来てうける感・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・ ラグーザ玉子の画境は、純イタリー風で、やや古典的な確かな技法とともに、こまやかな味、平和な趣の作品が多く、それはこの老婦人画家の心の景物を示すとともに、孝子夫人の求めていられた和らぎにこたえたのであろう。 二度目に上って、すこし時・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・左右に其等の静かな、物懶いような景物を眺めつつ、俥夫は急がず膝かぶを曲げ、浅い水たまりをよけよけ駈けているのだが――それにしても、と、私は幌の中で怪しんだ。何故こんなに人気ない大通りなのであろう。木造洋館は、前庭に向って連ってい、海には船舶・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・「余り静かだからいい景物だ――でも、わるい妓だな」 程なく「ああ冷えちゃった」 立ったまま年増の女の云う声がした。「お待ち遠さま、今日はごたごたさ、鮪の買い出しが足りなくって騒ぎゃるし、源ちゃんは病院へ行くって出たまんま・・・ 宮本百合子 「町の展望」
・・・ 白木屋の玄関に立っている案内がきをよむと、展覧会の会場はいくつもあり、近日中にえらい陸軍の軍人が来て景物に講演をやったり、軍用犬の実演をやって見せたりする日どりまで知らしてある。―― 御承知の通り、この頃は毎朝新聞をひろげると、満・・・ 宮本百合子 「「モダン猿蟹合戦」」
出典:青空文庫